カテゴリー 「真・嘘六百(ドリマガ版)」 のアーカイブ

2005年02月02日

嘘六百・ドリマガ版の再掲について

「嘘六百」は、鶴見六百が記すゲーム業界のオーラルヒストリーと題して、ドリマガ(ソフトバンクパブリッシング刊)2002年5月31日号~2004年7月9日号まで好評“顰蹙”連載されたコラムだ。

その内容については、初回に説明したので、ちょっと引用してみよう。

大昔、ドリマガの先祖である「Beep」でライターを始めて以来、セガAM→CS→SCE→フリー、と、かれこれ18年もゲーム業界で禄を食んでいますが、未だもって無名の制作者です。特にドリマガ的には超無名。(中略)そんなワタシですが、無名は無名なりに、雑誌の記事に載るようなパブリシティ宣伝文句でもなく、匿名掲示板に投稿されるような愚痴暴露中傷誹謗の類でもない、「ゲーム業界の真実」を赤裸々に綴れるかな、なんて自負しております。

はたして、ゲーム業界の真実を綴れたかどうか?

実際の所、ゲーム雑誌上でゲーム業界の真実を描き出すのは、制約が多すぎて難しいというのが、連載を終えた今だから云える、正直な感想だ。その辺りは「追記」として後日談を書いたり、あるいは「ボツ版」も掲載しておいたので、比較してみると面白かろう。というかむしろ、併せて読んでこそ、「ゲーム業界の真実」の片鱗に触れる事が出来るのかも。


なお、雑誌掲載時には、榎本俊二さんのグレートなイラストが添えられていたのだが、こちらでは、スキャニングが面倒なので(汗)原稿のみの掲載になっている。

いつか榎本さんのOKを貰って、こっちにも載せようかしらん――というか、あの手のイラストは再録されにくいモノだから、ここに再掲しない限りはお蔵入りになってしまうのであろうか。榎本さんの尻やチンポを熱望する向きは、是非とも要望を寄せられたい。

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2004年07月09日

嘘六百・最終回/「レビューと市場と制作者と」(5)

遅まきながら、今年のE3の感想をば。

印象に残ったのは、アメリカのゲーム関係者に云われたこの言葉――

「日本市場って大丈夫? 食えてる? 無くなっちゃわない? いざとなったらアメリカで一緒に仕事する?」

余計なお世話じゃい! と、その場は軽口を叩いて終わったが、正直云えばありがたい申し出ではある。

昨年のGDCで講演して以来、私のような末端制作者にも、このようなお声が掛かるようになったのだから、今年のGDCで喋った多数の日本人講演者の方々にも、同様のお誘いが数多くあった事だろう。昨年、私が「同時通訳のテストケース」として人柱になったがために、日本人講演者が増えたのだとしたら、私のした事も意味があったのであるなあ、と密かに誇らしく思っている鶴見である――。

私はアメリカの制作会社と長年にわたって仕事をしている割には、英語が大の苦手だ。友人によれば、アルコールが入ると途端に流暢に喋り始めるとの事なので(笑)、6年以上もの英語教育によって、潜在能力は蓄積されているのだろう。潜在能力だけは。が、ミーティングの席上で飛び交う英語も、自分の関係しているゲームの内容しか解らないし、発言だってたどたどしいばかり――。

逆に云えば、こんな私が曲がりなりにも海外の制作会社と仕事をしていられるのも、ひとえに「ゲーム」であり「日本人」だからだ。日常英会話には不自由しても、「ゲーム」という共通の知識ベースを前提とした英会話ならなんとかついていけるし、何より海外のスタッフも、こちらの発言には、懸命に耳を傾けてくれる(ありがたい事だ)。彼らは依然として日本を――日本のゲーム業界に携わる人間の経験と考え方をリスペクトしてくれているのだ。市場としての日本が縮小したと云っても。だからこそ、私のような人間でもかろうじて仕事になっているのだし、もちろん貢献しているという自負だって、ある。

確かに現時点だけを観れは、好調な北米・欧州市場に比べて、日本市場は低調だ。ブランド市場化はいずこも同じだが、排他性が極度に強いのだ。全世界で大ヒットしたあのシリーズですら、日本での売り上げは数十分の1に過ぎず、続編だって出やしない。FPSだって売れない。実験作は無視されまくり。
――しかしそれは、あくまで「市場」としての話。制作者にとって「創造性」という点では、世界は地続き、共同体なのだ。

例えば、私が今回のE3で最も注目したタイトル『Donkey Kong Jungle Beat』。『ドンキーコンガ』のタルコンガを使った横スクロールアクションという、実にナイスなアイデアのタイトルなのだが、ご存知の通りこれは、『太鼓の達人』が巡り巡って転生した姿だ。そもそも日本のアーケードにカジュアルユーザーを呼び戻そうとして産み出された、極めてドメスティックなアイデアが、E3においてアメリカ人に遊ばれ、ひいては全世界のゲーム業界を豊かにする――これを「地続き」と云わずに何と云おう!

もちろん、ゲームの歴史上、こんな例は枚挙に遑がない。様々な文化を背負った多数の製作者が、時には「パクリ」、時には「コラボ」して、ゲーム業界という共同体に、ギリギリの状況からなけなしのアイデアを投入し、それがゲーム業界を発展させる――


――なんだかね、そんな事をつらつらと考えつつ、LAの夜景を見ながらPSパーティの会場で飲んだくれてたら、不意に涙ぐんじまった訳ですよ。それが今年のE3。


それでは皆さん、またどこかで!

つうワケで、2年にわたりドリマガで連載してきた嘘六百も、今回で終了。2年間で52回ってコトは、ちょうど隔週ペースだったのかな。終わり方がトートツな様な気もするが、「ドリマガがリニューアルするから最終回にしてくれ」とのオーダー自体がトートツだったので、まあしょうがあるまい。

ちなみに、最終回の原稿を渡したあたりで、編集ウメちゃんからは、「リニューアル後も、連載を別の形でやるかどうか相談したい。今度連絡する」と云われていたので、色々とオモシロネタをストックしておいたのだが、それ以来3ヶ月、いまだもって、何の連絡もないまま放置プレイ…。


とまあこの連載、ドリマガ読者にはウケは良くなかったようだが、ゲーム業界周辺には読者が多かったようで、反応も多数いただいている。といっても、大半がドリマガを購読せずに「会社で読んだ」だの「立ち読みした」だの、「WEBに再録されたのしか読んでないんだから、早くアップしろ」といった脅迫だの…なんつーか、俺の気持ちを一言で云えば、「買えよな」だ(笑)。ファミリートレーナーのCMか…

特に多かったのが、元セガネットワークの人間から届いた、失われてしまった「古き良きセガ」の記述に対する共感の声だ。

俺が在籍していた頃からすると、開発スタジオが分社したかと思ったら、また最近統合されたりと、セガの開発体制は二転三転している。

個人的には、世界最大級の大所帯から生まれる「超スケールメリット」こそがセガをセガたらしめていたと思っているので、今回の統合は大歓迎なのだが、願わくば、横のつながりを補強する「喫煙室」「リフレッシュルーム」の類をしっかり完備して欲しいものである(笑)。いやマジで。


最近、ミクシィなんぞで昔の知り合いと旧交を温めているのだが、たまに飲んだりすると、皆が皆、今のゲーム業界の在り方に不満を抱いている。それはもう、99%の人間が。

なのに、その不満がゲーム業界を動かすムーブメントになったという話は、ついぞ聞かない。不平不満は澱のように溜まっていくばかりだ。

もちろん俺も、嘘六百で提言めいた物をしてはいるものの、実際には無力な一業界人に過ぎず、そうした不平不満はぐっと飲み込み、本業にいそしむ毎日だ。

――本当にこれでいいのか?

――俺たちは、一生ゲームで食っていけるのか?

嘘六百は終わってしまったが、いつかどこかで再び、ゲーム業界の未来について考える場を持ちたいと思う。次は、視線を過去に向けるのではなく、未来に向けて。

その日まで、しばしお休み――読者の皆さん、またどこかで。


以下余談。
本文最後で今年のE3でのパーティについて書いたが、今年のPSパーティは凄かった。場所がなんと、ドジャースタジアムを臨む小高い丘で、このパーティの為に?2ケタ億円?かけて造成したのだそうな。

スタジアム脇の駐車場からトラムでトコトコ登っていくと、何本もの色とりどりのサーチライトが幻想的に夜空を照らし、今まで登ってきた方向をふと見下ろせば、LAの夜景! 過去に潜り込んだどのパーティよりも、盛り上がるロケーション。さすがアメリカ、パーティにかける意気込みが違う。

そんなパーティ会場での一コマ。

会場へと上がるトラムの乗り場で、チケットを持たずに乗ろうとして警備員に制止されてた日本人がいたので、誰かなあ、と顔を見たらばそれがまた、カプコンの辻本社長!(面識はないが、顔だけは知ってる)

――てな話を、会場に入ってすぐに会った佐伯雅司さんに話したところ、さっと顔色を変えて、どこかに携帯で連絡…それによって、辻本社長は無事入場するコトが出来たのだそうな。めでたしめでたし。

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2004年06月04日

嘘六百・第51回/「レビューと市場と制作者と」(4)

ゲーム業界の黎明期においては、制作者も販売サイドも、そして雑誌・ユーザーも一丸となって、クオリティと売り上げの格差を是正する方向に向いていたように思う。端的に云えば「クソゲーの駆逐」という共通認識があったという事だ。

そして逆説的ではあるが、そうした縛りがあったからこそ、制作者は安心してゲームの地平を広げようと、無闇矢鱈に実験作(つうか、クソゲー)を乱発できたという側面がある。革新的な物、完成度の高い物を作れば、売り上げ的にも名声的にも報われると信じて――。

しかし今や、クソゲーの定義は拡散し、制作者の技能によって対処できる範囲を超え、ゲームデザイン/プログラムデザインの失敗ではなく、ビジネスデザイン的な失敗作を云うようになってきている。制作者が職人的に高い完成度のゲームを作っても、ビジネスデザイン的に失敗すれば全く評価されず、それどころかクソゲー扱いされてしまう。

制作者の仕事が評価されない市場で、品質を上げ、多様性を開拓しようとする士気を、制作者はどうやって鼓舞すれば良いのだろう――。


前回、欧米ゲーム業界で話題の「パブリッシャー(販売会社)とデベロッパー(制作者)の対立」について、ほんのさわりではあるが、書いてみた。そもそも今回のシリーズは、ゲームのレビューについて苦言を呈するために始めたはずなのに、なんでそんな話をしているのか(しかも海外の話だぜオイ)解りにくい読者もいようが、しばしお付き合いを願おう。

対立――要は、ビジネスデザインを司るパブリッシャーが、デベロッパーに比べて大きな力を持っているがために、制作者=ゲームを作る才能を軽視する傾向にある、という事だ。それは、作るゲームの内容が、販売会社の意向によって大きく左右されるという意味でもあるし、もっと下世話に云えば、利益の配分においても販売会社の取り分が圧倒的に多いという意味でもある。下手すれば、売って貰えない場合すらある。生殺与奪の権を販売会社に握られた作り手のモチベーションは下がる一方だ。

云うまでもなく、ゲームは一般的な工業製品などとは違い、制作者の才能と汗と徹夜の産物。実体験として、制作者のやる気の低下はゲームの質の低下に直接的につながる。その意味では、販売会社も制作者も運命共同体のはずであり、制作チームのやる気の低下は販売会社にとっても見過ごせない問題のはずだ。なのに対立の凝りが放置されているという事は――導き出される結論は一つ。パブリッシャーが、(制作者が産み出す)ゲームの品質の低下を、売り上げに影響を及ぼさない取るに足りない要素だと見ているという事だ。

そして、そうした判断を許容しているのが、続編・版権物ばかりが売れる「ブランド市場」なのである。そうした意味では、これは対岸の火事――欧米だけの問題ではない。ブランド市場化は、日本を含んだ全世界的な傾向なのだから。

とは云え、私はブランドを否定している訳ではない(自分も続編をブランド化しようと目論んでいたりするし)。ただ、ブランド力を担保するはずの「品質」は二の次であり、ブランド力そのものこそが売りとなる「ブランド市場」というのは如何なものか、と云っているのである。それは先述の様に、ゲームの進化をストップさせる結果しかもたらさないからだ。そして進化の止まったゲームはブランドでしか選ばれなくなる――悪循環ですなどうも。

では、我々ゲーム業界に生きる者は、どうすべきなのか? それは次回にて。

タイトルのブランド化について思索を深めている昨今だが、それとリンクして、俺的にホットな話題が「ゲームのメディア化」だ。
「メディア」というのは、いわゆる「紙メディア」「電波メディア」等と同じく、伝える為の「媒体」というコト(そのまんまや)。

解りやすく云えば、「ゲーム」そのモノ自体の価値は相対的に低下し、ユーザーが受け取るイメージ全て――ゲーム商品だけでなく、宣伝とかコミュニケーションとか、そういった周辺一切合切も含めた「ゲームの上に載るモノ」こそが、市場的価値の主体となっている、というコトだ。


ここで唐突だがマンガを例に引く。

ちくま文庫の『「ガロ」編集長』(長井勝一)なんかを読めば判るんだけど、戦後しばらく、赤本マンガが飛ぶように売れた時代があった。それこそ、適当なマンガの断片(導入も無ければ、結末も無い!)をまとめて製本しただけで、内容なんかお構いなしに売れたのだ。人々が娯楽に飢えていた時代、「マンガという娯楽である事」そのもの故に、売れていたというワケだ。

私見に拠れば、ゲームも同様の歴史を辿ってきているように思う(ファミコン粗製濫造時代ってのは、まさに↑の轍や)。
そしてマンガ同様、大量のゴミの中から、エポックメーキングな名作がマンガの地平を広げ、それは市場の拡大をも推し進めてきた――。

――が今や、エポックであるコトと、売れるコトとはリンクしていない(ま、語意から云えば、十分売れなければ「エポックである」とは云えないワケだが(笑))。


さらに唐突だが、自動車を例に引く。

今や、「ドライヴィング・プレジャー」等というのは趣味の領域であり、売れる車の要素というものは、運転の快感や移動の便利さとは別次元に存在する。ぶっちゃけ、完成度の高い車が売れるとは限らず、商品としての車が、ユーザーにもたらしてくれそうな「生活のイメージ」と、そのイメージを刷り込む為の広告(の出稿量)に大きく拠っているワケだ。

(あー、自明な論をグダグダと書き連ねるのは面倒なので途中を大幅に割愛するが)

俺は以前、RPGジャンルの事を「ゲーム性という麻薬を点滴のように薄く供給しながら、ユーザー飽きさせずにお話を伝える、ゲームの体を為したメディア」と評した事があるが、今や市場において、ゲームという物全てが、そうした「媒体」であるかのように受け取られているフシがある。

そう、今やゲームにおいて、ゲーム性という「脳味噌へのご褒美」自体には商品価値が少なく、その上に載った、「お話」だとか「キャラクター」だとか、「エロ」とか「萌え」とか、そういった物こそが、商品価値の大部分を担っているかの様に見えるワケだ。

俺なんか「ゲーム性原理主義」の古い人間だからして、こんな状況には忸怩たるモノがあるワケだが、まあ、「ガロ」を発行してるだけじゃ、食ってけないのも事実。

そんなこんなで、健全なゲーム屋としては、続編モノばかり作って、自作のブランド化を目指すワケだ。
最近も、とある続編の台本をイタコと化して書き、さっき音声を収録してきたし)


それにしても、あらためて今回の原稿を読み返してみたけど、俺のやってる仕事ってば、大手パブリッシャーの(社員じゃないけど)プロデュース業務。もうね、どのツラ下げて、こんな原稿書いてるんだ!って内容だよね。

まあだからこそ、「コウモリ」の立場から、パブリッシャーもデベロッパーも並べて、論ずるコトが出来るってワケなんだけど。

オープンカーは、屋根を開けてこそ、オープンカー。
「オープンカーというイメージ商品」が売れても、屋根を開けない「陸オープン(おか・おーぷん)」な野郎が
蔓延しているようじゃ、面白くないし、未来もないよね。

(と、この項は散漫なまま、了)

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2004年05月07日

嘘六百・第50回/「レビューと市場と制作者と」(3)

おおなんと今回でこの連載も第50回!

思い起こせば、2002年のE3直前からスタートしたのだから、ぴったし丸2年。本当に色々な事がありました。私が原稿を落とした事もあったし、榎本さんが画稿を落とした事もあった(それも私の所為で…)。編集ウメちゃんからNGを喰らってムカツキながら書き直した事も、私の知らない間に表現を勝手に直されていた事も、今となっては良い思い出――じゃないよ、ウメちゃん!

特に明記はされていないが、署名原稿の©は筆者に帰属するのが当然だ(でなければ、本職の私がゲームのアイデアなんて書けない)。なので、筆者=著作者の意向を無視した修正は「改竄」だと云える。しかし一方で、パブリッシャー(出版社)は原稿の依頼主であり、雑誌にも雑誌の方針がある。編集の意向に馴染まぬ原稿に対して修正を要求したり、最悪の場合、掲載を拒否するのもまた至極当然。共に雑誌を創り出すパートナーといえども、立場の違いから対立する場合だってあるのだ――。

――というのは、実は単なる前フリ(ウメちゃん驚いた?)。同様な対立が、実はゲーム業界にも存在するのだ。

欧米のゲーム業界では、最近、デベロッパー(制作会社)とパブリッシャー(販売会社)との対立が、深刻な問題として話題になっている。それを顕在化させたのが、私も長年一緒に仕事をしている、ノーティドッグ社長、ジェイソン・ルビン(クラッシュ・バンディクーの産みの親)。彼は今年のD.I.C.E.サミット(米国のゲームクリエイターが集まる学術会議系イベント)で、まさにその対立について熱く講演し、全米の開発者達のハートを鷲掴みにしたのだ。

ジェイソンの主張を一言で要約すれば「ゲーム業界では、デベロッパー=ゲームを作る才能が、パブリッシャーによって軽視されている」というもの。いやこれは、彼がSCEに軽視されているという意味ではなく(本人もキッパリ否定している)、近年のゲーム業界を俯瞰して眺めると、ゲームがあたかもビールなどの「イメージ商品」のように、宣伝力やブランド力によって売れる物として扱われているのではないか、そう導いて来たのはパブリッシャーではないか、これはゲーム業界にとってまずい風潮ではないのか!?――という意味だ。

実はこれ、私が前々回以来この連載で書いてきた「完成度と売り上げの相関が崩れている」という主張とも符合する。確かに今や、売れるのは版権・続編物ばかりであり、ゲームデザインよりもビジネスデザインが重視される風潮にある。良いゲームを作る才能は無視され、上手いビジネス・スキーム(=儲けの仕組み)を考える人間がもて囃される。本来ならゲーム作りの才能によって推進される(talent driven)べき業界で、肝心の才能が軽視されていたのならば――新しい才能は集まらず、商品は陳腐化し、ユーザーは飽き――その業界に未来はないだろう。

ジェイソンの主張はこの後、開発者コミュニティの必要性と、それを模索するため、次回作を最後に社長を辞任するという爆弾発言に続くのだが――

今回の原稿も、ちゃんと載ってますか?

載ってたなら、次回もこの続きで。

原稿を送った後に担当編集のウメちゃんから、本文中の「でなければ、本職の私がゲームのアイデアなんて書けない」という表現について、意味を尋ねられた。

いやホラ、俺はこの原稿に、ゲーム企画に属する内容を書いてたりするワケじゃん。ときメモオンラインとか、宝探しオンラインゲームとか。あの手のアイデアって、ちゃんと企画書にまとめれば、嘘六百での原稿料の10倍ぐらいのギャラが稼げるワケね。買い取りの場合。その後、契約に発展すれば、さらに数十倍(作業も発生するけど)。なんで、それで食ってるプロとしては、著作権が筆者に帰属するんでなければ「やってられない」のだ。

ところで先日、『Beep』の復刻版が出版されて、そこそこ売れたそうだけど、旧ライター陣には一切ギャラは払われていない。
日本では、ライター仕事ってちゃんと契約を交わさないけど、これって実は…どうなんだろ?

まあ、ゲーム紹介の記事に著作権を主張するつもりは全くないし、コラム系の原稿は、著作権こそ著者に帰属すると思っているものの、ギャラを要求するつもりは全くない。なかった。シロウトに毛の生えたような学生ライターの、修行中の原稿なワケだし。

だが――復刊記念の飲み会が、編集ウメちゃんの仕切りで開催されたのだが、そこでの飲み代ぐらいは、ソフトバンクで持って欲しかったよ(笑)。

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2004年04月23日

嘘六百・第49回/「レビューと市場と制作者と」(2)

さてさて。前回は山村モヘップ(12)が十数年ぶりに登場して、「クソゲーなんて、無いんです!」とブチ上げ、終いには「評価なんて要らないのでは?」と、ゲーム雑誌にあるまじき問題発言を連発したものだから、各方面――殊に赤坂界隈で話題騒然なのだそうな(ちなみに、赤坂にはSCEとソフトバンクPがありますな…笑)。

――なんて他人事の様に語っているが、モヘップ(12)は私の別人格なのだから、これは私の考えでもある。で今回は、モヘップ的に言葉足らずだった部分を補足させていただこう。

私はここ2~3年、こんな考えを持ち続けている――どの雑誌にも見られる、「点数付きショートレビュー」(勝手に名付けてみた)だが、最早あれはユーザーにとっての「購入指針(バイヤーズガイド)」足り得ていないな、と。

その証拠に、(モヘップにも書かせたが)ひと昔前であれば高評価のゲームは満遍なく売れていたものだが――だが今や、評価点と売り上げ本数の相関は大きく崩れているように見える。

それを端的に表しているのが、販売店サイドの声だ。我々は受注の際に、販売店の方々にアンケートを行うのを常としているが、最近では「雑誌の評価が高くても、それだけでは発注を増やせないし、逆に評価は低くても売り上げの堅い物がある」と、皆様口を揃えて仰る。ユーザーに最も近い方々のコメントだけに、根拠としては十分だろう。

斯様に、市場の消費動向と離れてしまった「ショートレビュー」ではあるが、私はなにも、止めるべきだと云いたい訳でもなければ、雑誌の編集方針を非難するつもりもない。確かに私も一読者として面白く読んでいるし、人気ページなのも理解出来る。
だが、その人気の理由が、本義である「購入の際に役立つから」ではなく、「ジャスト・フォー・ファン」――単に読んでいて面白いからに過ぎず、点数付けそのものが自己目的化しているのならば、ゲーム業界的な意義は極めて薄いのではないか?という事だ。

私は、レビュー即ち批評の意義は消費者の教化と制作者の評価にあると考える。「教化(カルティベーション)」と云うと硬く聞こえるが、要は「掘り起こし」。よく出来たゲームは、こんなに面白いんですよー!と読者に伝える、バイヤーズガイド的な側面だ(それが崩れているのは上記の通り)。そして評価はもちろん、ゲーム制作の技法を吟味検証する側面――なのだが、ここまで複雑化巨大化したゲームを、短いコメントで吟味検証できるものなのだろうか?


ところで実は私、過去に嘘六百で「雑誌レビューに物申す」的な文章を2度ほど書いて、2度ほどボツをくらっていたりする。ゲーム雑誌上でレビュー批判をするというのは、云ってみれば身内に刃を向けるようなもので、かなり繊細な問題だからだろう。その辺りの経緯とボツ原稿は、六百デザインのサイトに再録してあるので、御用とお急ぎでない方はぜひ読んで欲しいのだが――

今回の原稿、ちゃんと載ってますか?

もし載せてもらえていたなら、次回もこのネタを掘り進める事にしよう。

えー、前回のボツ版前々回のボツ版とを読めばわかるように、俺は雑誌の点数付きショートレビューというモノに、かなりな不満を抱いている。

いや、面白いコトは面白いのよ。特にファミ通のクロスレビューとかね。あれは一種の発明(オリジナルは音楽雑誌かなんかだっけ? でも、ファミ通はエポックメーキングだ)。点数付けとか評価付けって、眺める分には面白いじゃない。でもそれは、本文中でも書いたように「点数付けの自己目的化」に過ぎないわけでさ。

つうか、最初から購入対象にしてる人間以外は、点数しか見ないじゃない。併記されたショートレビューって、情報としては完全にサブの立場でさ、いわば「これは批評だから、好き勝手やるぞ! 文句云うんじゃねえ」っていう言い訳というかアリバイというか、そういうモノに成り下がってる。読者に突き刺さらないし、掘り起こせないし、ヌルくてテキトーな文章でも容認されてる。ように思える。


ところで、連載時にエノモトさんがイラスト上で、

「ショートレビューを書くのなら、最低でもクリアしてからにしろ!」

といった意見を披露していたけど、制作者としての俺の考えは全く違う。
考え方としては、ざるの会5つの誓いで書かれている内容がいちばん近いかな。いわく、

「よく、「ゲームはエンディングまで遊んでから評価しろ」という一見正論のような暴論を目にしますが、我々は「ゲームの構造」から導かれる面白さを頭の中でシミュレートする訓練をつんでいるので、まず遊ばずに評価します。」

企画屋ってのは、企画書・仕様書の段階で面白さを設計する仕事だからして、「このゲームが、どんなターゲット層に向けて、どういうゲーム性を提供しようとしているのか」これが見切れた時点で、そのゲームの「面白さ最大値」は測れちゃうワケね。

あとは、最初の1時間だけを遊んでみれば、プログラマやデザイナの力量とか、プロジェクト運営の能力とかも測れちゃうんで、先の「面白さ最大値」との掛け算で、ほぼ誤差ナシでゲームを評価できちゃう、と。

もちろん、これだけではゲームの「作品性」そのものを評価出来ないという欠点はあるし、エノモトさんが云う「クリアしてからレビューを書け」という意見の根本も、そこにあるんだと思う。ユーザーのゲームに対する「思い入れ」に関わる部分ね。

だけど、そこは「職業的ショートレビュアー」の仕事の範疇ではないだろう、とも思っている。

具体的に例を挙げれば、『ラチェット&クランク』とか『クラッシュ・バンディクー』だ。
この2シリーズは、子供層に特化した面白プロモーション(クリエイティヴ、と言い換えても良い)を、ゲームソフトそのもの以外にも、大量に世に出している。クラッシュの「伝説の1分CMシリーズ」のキチガイっぷりや、昨年、おはスタでは2週にわたって放映した「ラチェット in タイ」のバカっぷり。それらを観たレビュアーなんて居るのだろうか? それらを日常的に目にしている子供達の脳内において、ラチェットは、『ラチェット&クランク』という一ソフト以上の広がりをもっている(はず)。

まあ、大っきなオトモダチにとっての萌えゲームも似た構造なんだけど、そうした広がりをショートレビューで評価する術は、もちろん、無い。せいぜい、「ファンにはオススメ」とか、知ったような紋切りワードでくくるのがせいぜいだ。WEB上でググれば、思い入れたっぷりの「読ませる」個人的レビューが氾濫している今、ショートレビューで採り上げる範疇ではない、というコトでもあるけれど。


ちょっと話が拡散しちゃったけど、まあナニを云いたかったのかというと、「ショートレビュー必要ナシ」ま、そーゆーコトです。

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2004年04月09日

嘘六百・第48回/「レビューと市場と制作者と」(1)

読者の皆さん&エノモトさん、初めまして。山村モヘップ(12)と申します! ドリマガのご先祖サマにあたる「Beep」の復刻版が出るとのコトなんで、それにあやかってボクも、図々しくフッコクしてみました(笑)。ご存知ない方ゴメンナサイ。

思えば、ボクがBeep誌の『私が悪うございました』という連載で、「日本初の中学生ゲームレビュアー」としてイッセイをフウビしたのって、もう18年も前のコトなんですよねえ…。え? じゃあオマエは今、30歳のオヤジなのかって? イヤだなあ、ボクは架空の存在だから年はとらないんですよっ、プンスカ!

そして実は、当時も架空の存在を利用して、辛口レビューで言いたい放題。5段階評価で1点をつけたコトだってあるぐらいです。今だったら「大人の事情」で、とても考えられませんよねー(笑)。

でもホラ、ソフトメーカーさんだって、中学生のタワゴトにワザワザ文句つけるような、オトナゲナイ振る舞いはしないワケですし…仮に文句をつけられて、「オマエの雑誌には画面写真もサンプルROMも送らない!」なんて言われたとしても(そういう事件ありましたね)、ボクがクビになって学業に戻れば済む話ですし…モヘップお主もワルよのう、いえいえお代官サマこそ、ってなモンですよ。…ズルいですね、ボクってば(笑)。

でも当時のボクは、「正当な理由に基づく辛口評価こそが、ゲーム業界の発展のためになる!」ってホンキで思ってたんですから…青かったんですよねえ。


昔、レイメイ期のTVゲームは、技法的にも未熟なモノが多くって、それこそクソゲーの山だったように思います。だから、読者の方がクソの中からダイヤを探す手助けをする意味でも、あるいはクソゲーの淘汰を促す意味でも、「12歳レベルの」辛口評価が機能していたと思うんです。

でも今や、ゲームの制作技術は成熟し、一定レベルに達しています。極論すれば…

クソゲーなんて、無いんです!

だって今、新作ゲームを完成度で選んでいるユーザーなんて、いないじゃないですか。完成度が高く、雑誌の評価が高くても売れないゲームなんて、ゴロゴロしてますよ。ユーザーの購入基準は、たいがい「自分の好みのツボにどれだけピッタリ合ってるか」それだけ。

なら、評価なんて要らないのでは?

少なくとも、点数+百文字程度の「12歳レベルの感想」(ボクにはそう見えます)を付けるだけで「これが評価でござい」としているゲーム雑誌の現状は、ボクが原稿を書いていた頃から全く進歩してませんし…今のゲーム業界に必要なモノとは、大きくかけ離れてるんじゃないかって気がします。

ボクの好きな言葉に、こんなのがあります。「ゲームにクソゲーはない。マイナーゲームがあるのみ」。もう、完成度の高いマイナーゲームと、完成度に関係ないメジャーゲームを同列に比較するの、ヤメにしません?

――なんて、久しぶりに登場して好き勝手なコトを言ってしまい…

私が悪うございました

復刊ドットコムで圧倒的な票が集まったので「Beep」が復刻したのだそうな。

ホントは、復刻版の方にも原稿を頼まれていたんだけど、出張や何やかやで時間が取れなかったので、そちらは諦めざるを得ず、ドリマガ通巻300号記念に寄稿した文章を再掲してもらうコトにして、その代わり、嘘六百の方で山村モヘップ(12)を復活させたのであった。

そして、モヘップに書かせるんだったら、やっぱり「辛口原稿でしょう!」と、過去2回にわたってボツにされた(第15回ボツ版 | 第39回ボツ版
雑誌のレビューについて書こうと思い立ったワケだ(雑誌レビュー不要論については、またいつか書く予定)。

今回、レビューについての掲載できたのは「一歩前進」だと云えよう。

だがしかし、原稿で「12歳レベルの感想」と書いた箇所が、掲載時には「12歳レベルの」を削除されてしまったので、俺的には依然としてオカンムリ状態は変わらず。この辺りも、いずれ突っ込まねばなるまい。


ちなみに、山村モヘップ(12)の、年齢付きペンネームの由来は、推理作家・山村正夫氏が弱冠18歳でデビューし、その時に「山村正夫(18)」と表記されていたコトから来ているのではないか、と推測しているのだが、真実は、モヘップの(そして芋吉の)名付け親である、元「Oh! Hitbit」誌編集の西澤氏以外は知る由もないのであった――。

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2004年04月02日

嘘六百・第47回

今回は久しぶりに、セガ時代の昔話でもする事にしよう。

あれは1993年頃の事だったろうか。まだ私が1研(当時)の企画課に所属して、アーケードゲームを作っていた頃の事だ。以前にも書いたが、私は喫煙室に筆記用具一式を持ち込んで仕事をするのが当たり前な程の不良社員だったので、喫煙室に出入りする人間とは部署を越えて仲良くなっていたものだった。

そんな「喫煙室メンバー」の一人に、隣の部署、すなわち鈴木裕さんの下にいる若手企画マンがいた。私より1年後輩で、「企画を必要としない超プログラマ集団」と噂されていた裕さんの部署に、初めて企画として採用された切れ者――のはずなのだが、見た感じはそんな雰囲気を微塵も感じさせない、タレ目で感じの良い、悪く云えば要領の良さそうな若者だった。彼は煙草は喫わないのだが、喫煙室で日夜交わされるフリートーク(という名の「バカ話」)に参加するため、休憩の度に訪れていたのだろう。


喫煙室である日、彼は私に、こんな相談を持ちかけてきた――「MCハマーでゲーム作りましょうよ!」。

ちょっと説明を要するのだが、MCハマーというのは、今でこそすっかり忘れ去られてしまったが、当時は非常に人気の高かったヒップホップのミュージシャンだ(なんでも今は宣教師をやっているらしい)。そのMCハマーのキャラクターライセンス版権をSOA(セガ・オブ・アメリカ)が取得したので、日本でも作らないか、というオファーが来たのだ。

彼は、マイケル・ジャクソンのゲームを作った私の経験に目を付けたのだろう。それは正しい。彼と私は喫煙室でブレストを重ね、こんなゲームの企画をまとめたのだ――アップライト筐体に、シンセドラム用のパッドを付け、それを叩いて操作するゲーム。流れる曲のリズムに合わせて叩けば、画面上のMCハマーが華麗なダンスを披露するダンスゲーム――そう、今で云う「リズムアクションゲーム」だ。

しかし――我々のプロジェクトは日の目を見なかった。手の空いているデザイナーに筐体のイメージ画を描かせ、コスト計算をし、OHP資料を作って、社長プレゼンまでやったのだが、我々のプロジェクトにGOサインは下りなかった。

私は、彼――現SEGA-AM2社長の片岡と共に、「こんな事もあるさ」と、上層部の頑なさを愚痴り、各々が別の仕事に戻っていったのであった。


で、ここで話は唐突に現在に飛ぶのだが、来週のGame Developers Choice Awardで、おなじみ松浦雅也さんが、革新的なゲームで業界に貢献した事に対して贈られるFirst Penguin Awardを受賞する。もちろん、パラッパラッパーで「リズムアクションゲーム」というムーブメントを産み出した業績が評価された訳だ。

私も選考委員の一人として投票したし、松浦さんの業績にけちをつけるつもりはない。だが、もしあの時、MCハマーのゲームがプロジェクト化されていたら――そんなIFを考えながら投票した鶴見なのであった――。

えー、今回のイラストは、ワタシが描きました。理由は、イラスト中に書いた通り。

uso47.jpg
しまった! 「イエーイ」って入れるのを忘れてた!!(汗)

今回は、〆切間際に原稿を入れたものだから、エノモトさんの方にしわ寄せが行ってしまったのでした。

本当に申し訳ありませんでした>エノモトさん
イラスト中にも書きましたが、今度オゴりますから。

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2004年03月19日

嘘六百・第46回/「新ハード」(完)

「ユビキタス」という言葉がある。ラテン語の「いたる所に遍在する」という言葉を語源に持つ単語だが、21世紀に入ってからコンピュータ用語としても頻繁に使われるようになったので、読者の皆さんもどこかで目にしている事だろう。

まあ、そろそろ「マルチメディア」とか「バーチャルリアリティ」と同様に死語の仲間入りをしそうではあるのだが、いやいや、なかなかどうしてこの言葉、前回書いた「エンターテインメントコンテンツが、ネットワークに溶けてゆく」という最近の状況を、上手く説明してくれるのだ。

遍在――即ち、コンピュータなりネットワークなりが、「空気の様に、衣服の様に」あらゆる場所に存在し、いつでもどこからでもアクセスできる、というような意味だ。

ユビキタス・コンピューティングの提唱者は、これを「第3の波」と位置付けている。第1の波は、大型コンピュータを複数人で共用する事。第2の波は、一人が1台ずつのコンピュータを占有する事。そして第3の波は、複数台の携帯機や据え置き機などの連携し合ったコンピュータ群に、一個人が取り囲まれる環境を指す。

これ、何かに似ていないだろうか? ビデオゲームの歴史・プレイスタイルの変遷に似ているのだ。

過去、ビデオゲームはゲームセンターで遊ぶ物であり、ゲーム機を複数人が共用して遊ぶのが普通だった(第1の波)。それが、ファミコンの誕生と共に、ゲームは一家に1台、一人に1台となり(第2の波)、そして今や、ゲーム業界も第3の波を迎えようとしている。

据え置き機がインターネットに繋がるのは、もはや当然であり、携帯機もワイヤレスネットワークを使って、そこに連動する――「ユビキタス・ゲーミング」時代の到来だ。

だって、そりゃそりゃそうだろう。ビデオゲームもまたコンピュータの申し子なのだから、コンピュータ世界の潮流と歩を一にするのは、実に自然な成り行きなのだ。そして、そこから生まれる新しい波は、ユーザーを再度ゲーム習慣に引き戻し、ゲーム消費も活性化、小売店もメーカーもユーザーも万々歳。おお、何とも良い事ずくめじゃあないか我が軍は!


――個人的には、この状況を「やっとここまで来たか」という気持ちで眺めていたりもする。

過去、ゲーム機がインターネットに繋がり始めた頃、話題はMMORPG一色だった。私も一時期、MMORPGに魅力を感じ、下調べを進めていた時期がある。だが、思考実験の果てに明らかになったのは、MMORPGが、プレイヤーをゲーム機の前に縛り付けるタイプのゲームであり、「遍在」という明らかな未来から逆行しているという事だった。

そして、ゲーム業界がMMORPGに拘っている隙間に入り込んだのは、そう、携帯電話のゲームアプリ。貧弱なインターフェースに、薄いゲーム性――でも、時代の流れに合っていたからこそ、勢力を急激に伸ばしたのは、ご存知の通り。

しかし私は予見する。今年から続々と現れる新ハードが、再び未来を目指し、携帯電話をも飲み込み、復権を果たす事を!

今年のE3が楽しみですなあ!

2月から3月にわたって、ドリマガがいつもと違う週刊ペースで発売されたもんだから、今回のシリーズ「新ハード」は無茶苦茶大変だったよ、もう。ちょうど『JAK2』の公式サイトにも毎週コラムを書かなければない事もあったから、俺の本業はライターかっ!?ってな勢いで、毎週シコシコ文章書いてたっけ。

正直、「嘘六百」は苦労の多い仕事だ。

何が大変と云って、規定字数内に収めるのがいちばん大変だ。下手したら、内容を書いた後、倍ぐらいの時間をかけて削ってたりする。かかる時には、丸一日費やしてたりもするワケだ。半ページのコラムなのに。時給換算で云ったら吉野家の深夜バイトと、どっこいどっこいかも?

そして、「妄想篇」と銘打っている割には、案外と気を使って書いてたりもする。なにせ、鶴見六百という名前を出しているワケだから、この手の「業界観測」的な題材の場合、業界の人間に笑われるような、トンデモな内容は書けないのだ(あ、笑われるではなく「笑わせる」は可…笑)。

そんな苦労の多い「嘘六百」だが、とはいえ、定期的にこうした文章を書くのは、思考トレーニングとして大いに役立っている。それは間違いない。ゲーム制作に集中していると、業界を俯瞰する視点が持てなくなりがちだが、この半ページがあるが故に、俺は俺として、一本スジを通して自分を見失わずに業界で生きていけるのであるなあ、という感じか。それは言い過ぎか(笑)。

なんにせよ、〆切の強制力はありがたいコトです。

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2004年03月12日

嘘六百・第45回/「新ハード」(3)

ソニーのワイヤレス液晶TV「エアボード」の新機種が3月に発売になるそうだ。

これは何かというと、ブロードバンド回線を通じて、自宅のテレビを試聴できるのだという。つまり、自室に置いてあるチューナーやHDレコーダー、DVDなどの映像コンテンツを、外出先のワイヤレスLAN環境のある店で――例えばモスバーガーで、お気に入りの匠味レタスを食べながら、観る事だって出来ちゃうのだ。

もちろん無線環境が無くとも、LANケーブルで接続する事だって出来るから、学校だろうが会社だろうが、出張先のサンタモニカのホテルだろうが、回線さえあればOK。要は、自宅の映像サーバーにアクセスできる携帯端末だって事だ。

この製品、正直、ソソられてる。買っちゃうかもしれない。

私は最近、TVをとんと観ない人なのだが、かといって観たくないわけじゃない。連ドラだって興味がある。ただ、毎週決まった時間を家で費やすという視聴習慣が無いだけだ。仕事中でも出張中でも、細切れに空いた時間は山ほどある(もちろん、マスターアップ直前以外だけど)。そこでTVが観れるとなれば、そりゃあ観ちゃうでしょう。

ましてや、最近流行りのHDレコーダーなら、わざわざTV番組表から録画予約するなんて手間無しに、自分が興味のあるキーワードを入れとくだけで勝手に録画してくれるってんだから。そういえば、今度のエアボードはPSXとの連動もラクチンらしいしね――

――ってちょっと待った。PSXと連動するってんなら、外出先でPS2のゲームが遊べてもいいんじゃないの? コントローラ付き携帯端末から、家庭のPSXを遠隔操作出来ないの? それこそ求められている「携帯ゲーム機」じゃないの?


TV映像もゲームも、エンターテインメントコンテンツというくくりでは等価だと云える。違いは「60分の1秒のインタラクティヴィティ」を必要とするか否かだけだ(それさえも、作り方によっては如何様にもなりますな)。

PSXとエアボードによって、映像コンテンツがネットワークに溶けていき、どこからでもアクセス出来るようになろうとしている今、ゲームコンテンツがネットワークに溶けていくのもまた、自然な流れではないだろうか。

ゲーム自体はネットワーク上に遍在し、それを、家庭用の認証&PROXYゲームサーバーにキャッシュしさえすれば、後はそのコンテンツにどこからでもアクセスできる、という形態。認証されたPCや携帯電話からアクセスさせても良いだろう。ゲームセンターから付加価値込みてアクセスさせるのは必須だろう。

――そしてこれこそが、私が先般来書いている「ゲーム習慣と社会生活を両立させる」新ハードの条件と合致するのではないだろうか。


ところで、神に誓って(というか機密保持契約に誓って、か)云うのだが、私は未だPSPの仕様をよく知らない。なので、PSPにPSXやらPS3と連動する機能が付くことを(一般ユーザーと同様に)祈ってるんだけど――

どうなんでしょう、久夛良木さん!?

本誌連載時には、本文中の「視聴習慣」という言葉を「試聴習慣」と、誤って書いてました(汗)。
うー、遺憾。最近どうも書き間違いが多くてイカン。ああ恥ずかしい。
自分の誤記を棚に上げて云うならば、編集者に見つけてほしかった。たのむよ、うめちゃん。

それはともかく。

エアボードでは、液晶表示部からベース部の汎用赤外線リモコンを操作できるので、もし、この汎用赤外線リモコンがPS2(に限らず、接続されたゲーム機)のコントローラを操作できるのであれば、マジで携帯ゲーム機の出来上がりだ。リアルタイムゲームには向いてないけど、RPGなんかだったら全然OK。PS2のPS互換どころではなく、既にソフト資産が蓄積されている超メリット。それどころか、GCだってXBOXだって遊べちゃうヨ!

でも、エアボードにはそんな機能、付いてないんだよね。惜しいなあ。
どうにかしてよ、久夛良木さん。
あるいは、ホリ電機あたりが、そんなコントローラを作れば、密かなヒット商品になりそうな気もするんだけど、いかがなもんでしょう。


ところで、今回の原稿には、意図的に外したトピックスが2つある。それは――

ネットワーク上にエンタテインメントコンテンツが溶けていくのだとしたら、極論すればパッケージは要らなくなってしまう――という真っ当な未来像。

そしてもう一つは、携帯電話という存在だ。

次世代のゲーム機は、明らかに携帯の進化と合流するんだろうけど、でも、携帯にイニシアチヴを握られたくない、そう思ってる。

いや実は、俺は携帯電話中心のゲーム習慣って嫌いなのよ。パッケージレスも、携帯電話のアプリでは既に一般化してるけど、なんだか、ゲームというコンテンツの価値を低下させてるっつーか。携帯電話サイズのゲームが、ゲーム業界のメインになっちゃったら、大作なんて生まれないよ。市場規模も相当縮小しちゃうよ。食ってけないよ。

それよりか、ホームサーバーと連動する携帯端末、という未来の方が、ナンボかましな気がするんだけど、どうだろう。

そのあたりを突っ込まれた時の保険として、いちおう「家庭用の認証&PROXYサーバー」という文言を入れておいた。そこまで深読みするヤツぁいないだろうけどさ(笑)。一口に云えば、携帯上で「安い物を買う」のではなく、据え置きホームサーバーに「高い物をインストールする」というイメージだ。

あとは、ゲームセンターとの関わりについても書かねば――。


※参考(06/06/21)「PS3復活の方法」

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2004年03月05日

嘘六百・第44回

古人曰く「李下に冠を整さず」

李《すもも》の木の下で帽子をかぶり直していると、まるで李を盗んでいるかの様に見えて疑われてしまう=疑われそうだと判っている行為を慎まないのはバカモノだ、の意

とは謂うけれども、あえて渾身の力を込め、帽子をかぶり直す大バカモノになりたい時だって、ある。

――何の話か。実は「Game Developers Choice Award」の話だ。今回は、新ハードの話を1回中断して、このアワードの話をさせていただきたい。


ちょうど1年前、この連載の第21回でもChoice Awardの話題に触れたのを、皆さんは覚えているだろうか。

このアワードは、一言で云えば「世界中のゲーム制作者が投票するゲーム賞」。売れたゲームに票が偏りがちなユーザー投票の賞とは違い、こちらは歴史こそ浅いものの、プロの目から見て「革新的」で「優れた」ゲーム(あるいはクリエーター)を選び出す事には定評がある賞だ。

中でも、昨年「携帯ゲームの父」故・横井軍平氏が、ゲーム業界に多大な貢献をした人間が受けるLifetime Achievement Award――特別功労賞(私に云わせりゃ「生き様賞」)を受賞したのは、皆さんの記憶にも新しいところだろう。

英語圏が主体のアワードで、まさか横井氏が受賞するとは――あれには日本中が度肝を抜かれ、同時に快哉を叫んだのではないだろうか。「外人、粋な事しやがる!」と(笑)。

で――既にニュースで御存知の方も多いだろうが、今年の「生き様賞」を、この連載でも採り上げた「ガチャっと切って、ピカっと閃く」盟友マーク・サーニーが受賞した(する)のだ。

この選出に、誰が文句をつけられよう。二十歳前から「マーブル・マッドネス」をはじめとした、ビデオゲームの古典とも云える名作を創り出し、セガ時代には「ソニック2」、ユニバーサルでは「クラッシュ・バンディクー」や「スパイロ」を自らのリーダーシップで大成功させ、さらにはPS2のシステム開発にも携わり、そして「ジャック×ダクスター」や「ラチェット&クランク」では、システムプログラムとゲームデザインのコンサルタントを務め――選考委員会でも異論は一切なく、満場一致で決定したのだった、「彼こそが相応しい」と


――なんで選考の様子を私が知っているのかって?

いやね…実は白状しちゃうと…今年は私も、19人いる選考委員の中の一人だったりするのですわ(汗)。

なので選考中、色々な考えが頭を過ぎって、マジ葛藤。「よりによって俺が選考委員になった年にマークが選ばれたら、身内ビイキって非難されちゃうかなあ。俺がノミネートした訳じゃないけど、せめて投票は棄権すべきかなあ」とかね。

でも、身内だからこそ誰よりも解る、彼の凄さ。お手盛りだヒイキだと誹られたって構わない。李の木の下で、帽子をブンブン振り回す大バカモノとなって叫んでやろう、「マークこそが相応しい!」。そう考えた私は、正々堂々胸を張って、彼に一票を投じたのであった――。

おめでとう、マーク!

というワケで、Mark Cernyが今年のLifetime Achievement Awardを受賞するコトは1月の時点で判っていたんだけど、やっと情報解禁の運びとなりました。何がツラいって、Mark本人にも秘密にしなきゃいけなかったのがツラくて(笑)。

ちなみに今回、嘘六百以外にも、JAK2日本版公式ページでもMark受賞の報について書いたし、IGDA東京支部にポストされた、受賞報の日本語訳も書いたのであった。それぞれの原稿ごとに自分の立場が違うから、ちょっと混乱気味だったかも(わはは…笑)。

やろうと思えば、この賞の発表に合わせてJAK2を大々的にプロモーションする、というのも出来たんだろうけど、発表時期はアメリカのIGDA次第だったので、イマイチ上手く連携できなかったかな。うーん残念。
でも、連携があまりに上手く行きすぎてたとしたら、それはそれでインサイダー疑惑が持ち上がっていたのかも(笑)。

ところで、直後にMarkと飲んだ(のみゅにけーしょん!)んだけど、Markは俺が選考委員をやってたのは知らなかったそうです。

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2004年02月27日

嘘六百・第43回/「新ハード」(2)

前回の最後に、新ハードの条件として「ゲーム習慣と社会生活の両立」と書いた。今回はその辺りを掘り下げてみよう。


「TVゲーム離れ」が叫ばれている。

前々回にも書いたが、今やソフトの市場規模は大幅に縮小し、メーカーも小売店も青息吐息で毎日を生きながらえている(という表現がぴったりだ)。確実に数字の見込める「大作」が発売されない時期は、売り上げが大幅に落ち込み、まさに死活問題。ついでに云えば、合コンで高めのおねーちゃん達に「ゲームぅ? キモーイ!」などとほざかれるのも、個人的にかなり死活問題(笑)。

ゲームの質が落ちていない事は、ゲーム業界の一員として、自信を持って断言できるのだが――我々に一体何が足りないというのだろうか!?

そもそもゲームという物は、快感に依拠した「習慣性のある嗜好品」だ。その意味では、煙草やパチンコに似ている。学校帰りにゲームセンターに行く習慣の学生集団は、特にお目当てのゲームが無くてもゲーセンに通うだろうし、毎晩TVの前に座ってコントローラを握る習慣の人は、ゲームのエンディングを見た直後、すぐさまこう考えるだろう「さて、次は何をやろうかな」と。

ゲームというのは、理性というより、惰性(!)で遊ぶ類の物であり、生活習慣に沿ったソコソコのゲームの方が、生活習慣になりにくい優れたゲームよりも、遊ばれやすいという傾向がある。それは携帯電話のゲームが人気を得ている現状をみても明らかだ。定期的に遊ぶ事によって、快感の記憶が常にリフレッシュされてゆき、習慣は継続されてゆく――。

1994年、SCEがプレイステーションによって「ゲームのある生活」を提案し、ファミコン以降は断絶していたライトユーザーにも、ゲーム習慣が根付いた――かに見えたが、高い年齢層の人間ほど、生活習慣は保守的にならざるを得ない。ユーザー年齢層が上へシフトするにつれ、可処分時間は少なくなり、ゲームを遊ぶ「間」が空いてしまい、快感の記憶が薄れ――現在の「ゲーム離れ」傾向を引き起こした、というのが私の見方だ。

ちなみに、以前書いた「大人はオンラインゲームをするな!」の根拠もここにある。可処分時間を食いつぶすMMORPG習慣は、社会生活と真っ向から対立する。キラーコンテンツに成り得ない事は明々白々だ。

で――実はこのような「ゲーム離れ」の危機は、過去に何度も訪れていたりする。が、その度に、「画期的(エポックメーキング)なゲーム」がブームを起こしては、ユーザーをリフレッシュし、ゲーム習慣に引き戻し、ゲーム離れを防いできたという歴史的経緯がある。

もちろん私も、ソフト制作に携わる者として、そのような「画期的な」ソフトを目指してはいるのだが――正直、今回のゲーム離れ傾向は危い匂いがぷんぷんしている。ファミコンやPS1のように、あるいはUFOキャッチャーやプリクラのように、ハードウェアを絡めた打開策が必須のように思えるのだ――。

次回こそ、本題にたどり着きます!

題して「遍在するゲームコンテンツ」

本誌連載時には、本文中の「1994年」という年号を「1996年」と、誤って書いてました(汗)。

うー、遺憾。最近どうも書き間違いが多くてイカン。ああ恥ずかしい。

自分の誤記を棚に上げて云うならば、編集者に見つけてほしかった。たのむよ、うめちゃん。

それはともかく。

今回もまた「合コンで高めのおねーちゃん」とか書いてるけど、これはあくまでも「ネタ」であり、そんな事実はありません。

例の「スーフリ」事件以来、合コンってトント無くなっちゃいましたねー。

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2004年02月13日

嘘六百・第42回/「新ハード」(1)

2004年は、新ハードで盛り上がるらしい。

XBOX2にPSP、そしてデュアルスクリーン携帯機ニンテンドー・ディーエス。

いちユーザーとして、どんなソフトが発売されるのか楽しみなのは皆さんと同様だが、それ以上に、「制作者として」脳味噌が沸き立っている――こんな事出来るかな、あんな事出来るかな…アイデアが膨らむ機能が満載だといいナ、作り易いアーキテクチャだといいナ…面白デバイスが付けられるといいナ、新しいユーザー層を開拓したいナ…同発タイトルはスーパーパンチアウトだろうナ、タイトーではダライアスの企画が持ち上がるだろうナ…等々(最後のはチト違うか)。

もちろん、どのハードも詳しい仕様は知らない。だが、知らないからこそ、私の脳内では理想化された「新ハードという存在」にインスパイアされたアイデアがどぼどぼと湧き出し、妄想が止め処なく広がるのだ。


ところで私、SCEに机を置かせてもらっているのにも拘わらず、PS3はおろか、PSPの情報すら一片たりとも持っていなかったりする。フリーの身なので、契約外の情報が制限されているという事情もあるが、むしろ、シリーズ物2本に手一杯で、他に関わるキャパが無い、という理由の方が大きい。

そんな私に出来るのは、本業の合間にモヤモヤっと妄想する事だけだ――「新ハードが、こんなんだったらいいナ」と。

そこで今回からしばらくは、私が妄想した次代の新ハードについて、つらつらと書かせていただく事にしよう。


まず、次代を拓くべき新ハードに欠かせない必須要素は、「全く新しい遊び」とか云った誇大表現でない事だけは間違いない。

確かに20年前なら、手元の操作に応じてTV画面上で何かが動いて快感――というTVゲームの本質そのものが、全く新しい遊びとして魅力的だったろう。しかしそれ以後、「TVゲームの登場」以上の新しい遊びが生まれた事実はない。生まれたのはただ、既存の遊びとTVゲーム的快感の組み合わせバリエーションであり(ソフト的進化)――あるいはコンピュータ技術の進化に伴い映像音響表現が深化して、快感量が増えていっただけだ(ハード的進化)。

ただ、人間が快感を受容できる度合いには限度があるので、今や快感量を劇的に増やすのは(表現で驚かすのは)無理。ならば、新しい組み合わせバリエーションを作る方向に、もう一度目を向け直そう――それが最近巷で云われる「新しい遊び」の正体だ。「コミュニケーションの楽しさ」が、何もインターネットなぞ使わずとも、既に10年以上も前にゲームセンターという場で実現されていたのと同様、「新しい革袋に古い酒」的な新規性の提案と云っていい。

――だが、本当にそれが、「ゲーム離れ」が叫ばれている2004年に必要な要素なのだろうか?

今、切実に必要なのは、バリエーション増加などではなく、「ゲーム習慣と社会生活を両立させる仕組み」といったものではないのだろうか。


もちろん次号に続きます

この原稿を編集部に提出した時、うめちゃんから『「全く新しい遊び」は「異質な遊び」と言い換えないか?』と提案され、相当に迷った覚えがある。「異質な遊び」とは、そう、任天堂の社長が云っていた文言だ。

個人的には、(本文中にも書いたように)「異質な遊び」なんて有り得ないと思ってるし、PS陣営に居ることもあって、「任天堂が何云ってやがんでい」だったのだけれど(笑)、その一方で、ゲーム業界に禄を食む者としては、任天堂が「ゲーム業界を盛り上げよう」と一生懸命考えた「セールストーク」を腐すのも、大人げないかなあ、と思い、結局「全く新しい遊び」という元原稿のままにしておいたのであった。

とか云いながら、ニンテンドー・ディーエスが、マジで「異質な遊び」をもたらす物だったら、素直に「ゴメンナサイ」だけど(笑)。

少なくとも、「単なる2画面携帯」ではないんだろうけど――その隠された仕様や如何に!?
あー今年のE3が楽しみだ。

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2004年01月30日

嘘六百・第41回

年頭にあたって気を引き締め直す意味も込め、あらためて「CESAゲーム白書」を読み、妄想に耽ってみた。

成長産業の旗手であったゲーム産業にも翳りが見え、国内向けソフトの出荷額はピーク時の6割近くまで落ち込み、しかもプレイ人口も減っていると云う。

が、そんな事は、現場で仕事をしていれば嫌でも肌で感じるし、そもそもプレステバブル期の水準が高すぎたのだとも云える。低成長なら低成長なりの生き延び方はあるのだし、それを問題視している訳ではない。私が背筋を寒くしているのはむしろ、年齢分布(デモグラフィー)と、それらの層が購入するソフトの傾向に対してだ。

ここからは私見も混じるが――市場の中心を担っているのは依然としてファミコンの洗礼を受けた世代であり、彼ら(私ら)は曲がりなりにもゲームの多様性を支えているように見える。

しかしその下のゲームボーイ+ポケモン世代にとっては、ゲームとはそれほど多様性のある物では無く、むしろキャラクター商品であり学校での流行物(=コミュニケーション・ツール)であり――しかし、それ以上の物では無いのではないか。

このままではいずれGBAを「卒業」し、ごく少数の好き者を除いては、その後はゲームをやり続ける事も無いのではないか。

もっと云うなら、「将来、ゲーム業界に進んでくれないのではないか?」

 裾野が広い程、頂上も高い。子供のサッカー人気が巡り巡って、日本をW杯決勝に出場させたように、ファミコン人気が日本ゲーム産業のレベルを底上げした事に異論を唱える者はいまい。ならば逆に、子供に「卒業」されてしまったなら、次代のゲーム業界は、ずいぶんとお寒い物に成り下がってしまうだろう。そして近年その傾向が看て取れる――と考える私は、悲観論に過ぎるのだろうか?


話は変わり、新年会の帰りにタクシーに乗った時の事。運転手さんに嘘六百を吹き込むのが好きな質の私は、その時も、こう口火を切ったのだった――

鶴見「いやもう休めるのは正月だけですよ」

運転手「(ダルそうに)お客さん、何の仕事?」

鶴見「ゲーム作ってるんです。TVゲーム」

運転手「(興味なさそうに)ほほう、TVゲームねえ――さぞかし儲かるんだろうね?」

鶴見「ええ、儲かりますよー。年末に発売になった『ポッケモン・エグゼ2』ってゲーム作ったんですけど、100万本売れたから、ボーナスも5千万円位ですかねー…でもウチの会社で『グランツーリスモ』って車ゲーム作った奴は、納税額が1億6千万ですよ、チーム全員が。私なんて子供の頃からゲームばっかやってて叱られてたクチですけど、元は十分取りましたかね。両親にお年玉100万ずつあげちゃいましたし! 儲かりますよー!

運転手「(途端に目を輝かせて)ほほう! そんなに儲かるんだったら、ウチの息子にも、どんどんゲームやらせてみようかね!
――なあ、兄ちゃんの作ったゲーム、息子に買ってくよ! なんてんだっけ?」

鶴見「『ラチェット2』って名前です――!」


今年も早速、次代のゲーム業界に


貢献致しましたヨ!(実話)

この間も、会社の人間とこんな話をしたのであった。

「今のゲームって、20年経ったとしても『ファミコンミニ』みたいな価値は付かないよね」

今のゲーム購買の中心を担っている「ファミコン世代」ってのは、やっぱり特殊な世代なんだと思う。「ビデオゲーム」という、全く新しいオモシロ文化が生まれ、拡散し、収斂してゆく様をリアルタイムで見続けた世代。彼らが「あの時」に体験した興奮は、世代特有の物であり、今の子供は、決して同じ興奮を味わっているワケではない――それを忘れちゃいけないと思う。

ファミコン世代相手のお得意様商売ばっかり続けてると、いつか衰退しちゃうよ、ゲーム業界。
それこそ、シューティングゲームのように。対戦格闘ゲームのように。

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2004年01月09日

嘘六百・第40回/「オンラインゲーム」(完)

詰まるところ、オンラインゲームと謳いながら、その実はコミュニケーションサービスに過ぎない「ゲーム擬き」は、オンラインプラットフォームの普及をブレイクさせる為のキラーコンテンツ足り得ないというのが、繰り返し述べている私の考えだ。
よりゲーム的な「出会い系」が、法規制が入る程の低年齢から(苦笑)高年齢まで、幅広い層にわたってブレイクしたのとは対照的だと云えるだろう。

それでも、韓国や中国のように、ビデオゲーム文化が(事実上)オンラインゲームから始まったという「初な」市場なら、サルの様に赤く腫れ上がるまでヤリまくってくれるのだろう。しかし、日本の様に倦怠期を迎えているスレっ枯らしな市場では、それも期待できない。

広いユーザー層にアピールする為には、どうしたって、ユーザーの欲望を直撃するキャッチーな「ゲーム的」なセールスポイントが必要なのだ。それは例えば、彼氏彼女との出会いであったり、エロであったり、現金であったり――。


宝探しを、オンラインの世界でやらせるというのはどうだろう? いやなに、単なるアイテム探しをさせるのではない。本物の、(例えば百万円相当の)金品を探させる「懸賞ゲーム」という意味だ。

たしか数年前、海外発の絵本で似たような物があったと記憶している。本文に散りばめられた謎を解き、地球上のどこかに本当に隠されている高額宝飾品を探す、というイベント的な絵本だ。

それと同様な、オンライン宝探し――ちょっとの投資と知恵で、お宝が手にはいるかもしれない!――というのは、拝金主義でデフレ時代の日本にはピッタリの企画ではなかろうか、うむ。
キャッチーな目標物さえ設定できれば、ビジネスプランを策定するのも楽しい作業だ。

例えば実際の製品構成は、「スターターキット」と「チケット(アペンド)ディスク」という形が良いだろう。スターターで開発費をリクープ(回収)し、アペンドでサーバー運営費と追加イベント開発費、ならびに賞品代を賄う、といったイメージだ。つまり、定期的にアペンドを発売し、それが即ち、あるお宝を探す為の参加費となる。当然、別課金なんて面倒くさいやり方は必要ない。

アペンドは、期間限定にすべきだろう。例えば毎月1日発売で、有効期限は月末まで。その1ヶ月間で、お宝を探させる訳だ。これは、古株ユーザーと新規ユーザーを同じスタートラインに立たせるという、ゲーム的な意味合いもあるが、同時に、月単位で収支計画を立てやすい、というビジネス上のメリットも生む。

 ここまで見通せれば、後はゲームとして設計するのは簡単だ。少数のプレイヤーに情報が集中しないように、時間的・空間的に謎とヒントを散りばめる事によって、ユーザー間のコミュニケーション――競争と協同の程良いミックスを促進し、あるいは1ヶ月間遊んでもらうために時限イベントを設定して――

――あ、マジでイケそうな気がしてきた。

 後は、景品表示法をクリア出来さえすれば、マジイケるんじゃないか、これ? コラムの原稿じゃなくって、企画書にして会社回りすべきだったかなあ(笑)。

本文では、オンラインゲームについての考察を進めた末、今回のようなアイデアを思いついた様に書いてあるけれど、実は、まず今回のアイデアを先に思いついて、その後に「本当に市場性があるかどうか?」考察を進めたというのが真実。

いつもそうなんだよね。まず「アイデアありき」。

ちなみに、思い浮かんだのは、もちろん「喫煙室」でだ(笑)。
(確か、1年ぐらい前のコトかな?)

んで、考察の末、俺の結論はネガティヴ。まあ、かなり面白いだろうし、メシの種にはなるだろうけど(いや、「メシの種」どころじゃないな。上手く転がればキラーに成りうるぞ)、でも、今の仕事をほっぽってまで関わるつもりはないからこそ、今回のシリーズとして原稿にしたってワケだ。

あと、もしこのアイデアに興味を持った人がいたら、忠告。
原稿にはあえて書いてない「あるフィーチャー」を加えないと、今回の企画は完成しませんぞ。ご用心、ご用心。まあ、ちゃんと考えれば分かるコトなんだけどね…。

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2003年12月26日

嘘六百・第39回ボツ版

今回の原稿では、前回の続きは一旦中断して、とある雑誌レビューについて苦言を呈させていただく。

自作についてのレビューに対してあーだこーだ云うのは、制作者として非常にカッコワルイ態度ではあるが、なあに俺は元々カッコワルイ芸風なので構やしない。遠慮会釈なく苦言を呈させていただこう。


 先週、ゲーム好きなら誰でも知ってる「有名クロスレビュー誌」の校正用原稿がFAXで届いた。既に発売になっている雑誌だから、ここで点数を公表しても差し支えなかろう。「ラチェット&クランク2」に対して、4人のレビュアーが付けた点数は、8/8/8/7で、合計31点のシルバー殿堂入りだという。

――ちょっと待った。確か前作はゴールド殿堂入りで、メダルとシャンパンを戴いた筈だし、「2」では、そこから更に作り込んだ自負もある。新規要素も満載だ。何故、点数が下がるのか? ひょっとしたら、自分らで見落とした欠陥でもあったのか!?

――そう思い、レビューの本文を読んでみたのだが、いやはやなんとも呆れてしまった。以下、ファミ通12/19号から引用させていただこう。


あるレビュアー曰く、

「カメラアングルはアクションの邪魔にならないような動きで、プレイ中にストレスを感じることはまずない」

ところが、その下のレビュアーはこう宣うのだ

「視点が理不尽で――」

どっちやねん!?

また、あるレビュアーは

「誰でも触れる敷居の低さと間口の広さがいい感じなのだ」

と云い、その2つ下のレビュアーは

「前作に比べて若干、初心者に厳しくなった感じ」

だと来た。

混乱するっちゅーねん!

クロスレビューというものは元来、嗜好・熟練度の違う複数の選者=複数の評価軸によって、ゲームを多面的に評価すべきものだろう。また、点数を付けるからには、バイヤーズガイド買い物案内として、様々な読者に指標を与えるべきものでもある。だから、ある選者が「好き」と云い、ところが別の選者が「嫌い」と云うのならば、それなりに納得は出来る。

だが、同じ評価軸で好評不評がバラつくのは何故なのか?

前述のレビューを読んで、初心者は、自分に向いたソフトなのかどうなのか、決して判断できないだろう。これは、何も書いてないに等しい。というか、読者を混乱させるだけだ。

それこそ、雑誌として「視点が理不尽」なのではありませんか、ファミ通さん?


思うに、もっと有力なソフト――例えばFF12とかだったら、こんなに理不尽でユーザーを混乱させるような書き方はしないんだと思う。評価の正当性、ひいては雑誌の信憑性を疑われちゃうからね。結局、こうした「視点が理不尽な」レビューから読者が得られる情報は「ファミ通はラチェット2を軽んじている」それだけかもしれない。悲しい事だけど。


雑誌のレビューについて、次回、頭が冷えてから更に掘り下げてみます。

というワケで、この回はボツにされてしまいましたとさ。
理由として、ドリマガに掲載された編集ウメちゃんの文章を引用しておこう。

 こんにちは、本コーナー担当編集のウメです。 えー、今回の「嘘六百」は、作者の原稿が掲載には至らないレベルだと判断しまして、掲載を見送らせていただきます。軽くその内容を解説しますと、今回はゲーム業界に昔からはびこる、風習(のようなもの)がテーマだったのですが、原稿には「ちょっとこの書き方はないだろ」という事例の引用や表現が目立っていたわけです。 しかし、氏の主張にはもっともだと肯定できる部分も多分にあり、ドリマガとしてはそれを全否定するわけではありません。いつかこの題材で、ドリマガと鶴見氏のどちらも納得の原稿を掲載することをお約束します。みなさま、今回はごめんなさい。 (ドリマガ 2003/12/26号より引用)

俺は決して「掲載に至らないレベル」だとは考えていないワケだが、「鶴見六百が、ドリマガを使ってファミ通に喧嘩を売っている」という構図がマズいと判断されたのであろう。論壇ではよくある話なんだけどね。あ、いや、俺も別に、ファミ通さんに喧嘩売ってるつもりは全くなくって、ただ――悲しかっただけ。理不尽な書かれようをされたコトが。

ちなみに、バックナンバーをご覧の方は御存知だろうが、昨年のラチェット1の時も、同じように雑誌のレビューに苦言を呈し、同じように原稿をボツにされているワケだ。
前回はちゃんと原稿を書き直したけど、今年は書き直さなかった。「これがボツになるとしても、書き直さないからね!」と宣言して。俺の、ささやかなプロテスト。

思うに、メディアに出る制作者は何故か聖人君子や分別のついた大人ばかりで、雑誌レビューに対する不満(絶対持っているはず!)には、決して触れようとしない。数年前に、イイノ某なる人間がファミ通に噛みついた、という僅かな例があるのみだ。これって、良いことなんだろうか? 雑誌にとって…制作者にとって…読者にとって。


最後に、イラストの榎本俊二さんが送ってくれた応援メールを掲載して、この項を閉じよう。
(榎本さん、サンクスです!)

ちなみに今回の原稿で一番好きな箇所は

「自作についてのレビューに対してあーだこーだ云うのは、制作者として非常にカッコワルイ態度ではあるが、なあに俺は元々カッコワルイ芸風なので構やしない。」

鶴見さんのあーだこーだいうカッコワルイ芸風は『嘘六百』でかなり確立したと私は思っています。それは世間が考えるよりも数千倍はカッコイイことなのです。前回の『ラチェット』のときもそうだったけどボツを恐れずその瞬間瞬間のタイムリーな血の通った原稿を編集にぶつける態度は頼もしいです。
これに懲りずにアナーキーな態度を全開し続けてください。

聖人君子でもなく
妙に分別くさい大人でもなく
偶像的な崇拝の対象でもなく
権威を振りかざすでもなく――

現場でしか感じ取れないコトを、
誰はばかるコトなく
体面も世間体も気にせず
感じたまま素直に
豪速球でブン投げる
とてもとても
カッコワルイ奴――

サウイフモノニ ワタシハ ナリタヒ。

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2003年12月12日

嘘六百・第38回/「オンラインゲーム」(5)

さて、ここ数回にわたってオンラインゲームについて書いてきた訳だが、そんな折、またも某大手メーカー勤務の某氏からメールがやって来やがった。

「そこまで書くなら自分で作ってみろ」

――あのね、俺、今年は「ラチェット&クランク2」「ジャック×ダクスター2」の為に、例年の数倍の仕事量=月500時間労働をついこの間まで半年近くも続けちゃって、今、心身ともにボロボロな状態なの! 喫煙室に籠もりっきりで寝泊まりして、生命の危険すら感じた程だぜ?(←またかよ)

そんな俺――先週マスターアップして、心身ともに解放感に浸ってる俺に向かって、更に仕事を増やせってか!?

鬼だね君はまるで!

大体、オンラインゲームじゃ、俺が今感じてる「マスターアップ直後の解放感」が味わえないじゃないか! むしろ、地獄は発売後にこそ存在するってのが通説だ。いつ終わるやも知れないサーバー運営やら、お得意サマへのご奉仕としての売り上げに直結しない開発作業やら何やらまで必要なんだろ。そんな先の見えないややこしいビジネスプランなんて、身分が保証されてる大手の社員でもなきゃ立てられねーよ。

つうか――

「オマエこそ、自分で作ってみろ!」


とはいえ、そういった難関があればある程、解決方法を妄想たくなるのが、制作者の悲しい性。本当にオンラインゲームでは「マスターアップの美酒」は味わえないんだろうか? ――ここでは、ゲームデザイン的なアプローチから、解決方法を探ってみよう。

まず現状での最大の問題点は、「開発」と「運営」とを明確に線引き出来ない事だろう。言い換えれば、運営の最中にも、開発資源を費やさなければならない、という事だ。

古典的ゲーム制作技法(これについてはいつか書く事もあるだろう)に則ってゲームをデザインする場合、ユーザーにアピールする「直感的に快感を想起させる目的」が必要だし、それを獲得する為の「チャレンジ」の設定もまた必須だ。これらこそが、ゲームの商品性の本質だとされている。

そしてこれらの、ユーザーがゲームから獲得しうる資源(獲得資源)――快感、得点、お話、ミッション、アイテム、etc――のヴァリエーションをゲーム世界内に予め用意しておく事こそがゲーム開発であり、開発資源は専らそこに投入されるべきなのだ。

 だがもし、プレイの目的が、そうした古典的ゲームの範疇に入らない「コミュニケーション」なんていうものだとしたら「ゲーム」自体は、ユーザーを誘う為の宣伝販促ツールに成り下がってしまうだろう。開発と運営とを線引き出来ないのも当然だ。だって宣伝なんだから。

理想的には、運営中には開発資源を全く必要とせず、プログラムが自動的に(あるいはコミュニティが自律的に)、獲得資源を生成するのが望ましい。あるいは、ごく低コストのスクリプト等で獲得資源を制作するのもアリだ。

だが実は、もっとスマートに開発と運営とを区分けするアイデアも存在する訳で…

(以下次号)

ゲーム制作が過酷な仕事だというのは、よく知られた事実だが、俺らが命を磨り減らす作業に耐えられるのも、偏に「マスターアップ」というゴールがあるからだし、その先に「売れれば儲かる!」という夢があるからだ。

ところが、コミュニケーションを核としたネットワークゲームと云いながら、その実体はネットワーク「サービス」の開発は、マスターアップ後にも終わる事はなく、むしろ発売後こそが本番。何故なら、サービスとは運営こそが本質だからだ。

コミュニティを維持し、サービスに対して課金をする為には、既存参加者を飽きさせてはならないし、しかも、更なる新規参加者も募らねばならない。
(実はココに、ゲームデザイン的な落とし穴があったりもする)

その為には、イベントを開発し、継続的に供給し続ける必要がある。まあ一口に云えば、「シジフォスの神話」だ(永遠に岩を坂道の上まで持ち上げ続けるってヤツね)。作り手側としては、苦労のみ多く、実入りが少ない。

少なくとも、ゲームをきらきら輝かせる力となってきた「マスターアップ前の魔法」なんかは存在し得ない――。

これって、どうなんだろうね? 少なくとも俺はやりたかない。そういったタイプのモノは、ね。

じゃあ、どういったタイプなら良いのか?
それは次回の講釈にて…。

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2003年11月28日

嘘六百・第37回/「オンラインゲーム」(4)

前回の純粋出会い系ゲーム「ときメモ®オンライン」試案に対して、某大手メーカー勤務の某氏(本人の希望により名を秘す)から質問が来た。曰く――

「出会い系は、参加者の数が多くなければ魅力が無いと思うのですが、初期集客からコア層の形成、ライト層への浸透に至るまでの『ロードマップ』は、どのように想定されていますか?」

 オンラインゲームに限らず、我々が長期プロジェクトを計画する場合には、ロードマップ(と呼ばない場合が多いが)を作り、各段階における、明確な到達点(マイルストーン)、目標ユーザー層、投入経営資源と予算、そして次段階への移行が正しく行われ得るかどうか――等を設定・検討するのが普通だ。これ無しのプロジェクトというのは、まず有り得ないし、今回だっておぼろげではあるがちゃんと考えている。実現予定は無くとも妄想るのが、プロとして、習い性になってしまっているのだ。

で、某氏への回答だが、一定数以上のユーザーが居なければ、出会い系としての魅力が無いというのは指摘の通りだ(正確には、ユーザー数というよりも「ヒット数」の方が重要なのだが)。なので、素直に考えれば、最もユーザー数が少ない立ち上げ時が、最も面白くない時期だという事になってしまう。そして、最初が面白くないゲームに未来は無い。

もちろん、そんな事は百も承知だ。

ならばどうするか?

そんなの決まってるじゃない。

サクラだよ、サクラ!
仕込むしかないでしょ!

――といっても、純然たるサクラ=「集客の為だけの囮」とはチト違う。仕込むのは、実際に彼氏彼女を募集中で、出来れば、顔出し・プロフィール出しOKの人間たちだ。予算が許せば、イベント的なコンテストで、見目麗しき男女を選んでおくのが良いだろう。

初期においては、彼ら・彼女らをβテスターとして「雇い」、実際に彼氏彼女探しをしてもらい、その様子を逐一「公開」してゆくのだ。イメージとしては、「あいのり」や「パンチDEデート」(古っ!)のような感じか。

それらのTV番組よりも有利なのは、ゲーム内でのプライバシーは保護される事。即ち、顔出し・プロフィール出しで「参加表明」をしていたとしても、公開されるのは「ときメモ(R)世界のアバター」としての恋愛なので、外部からの匿名性は保護される。

これは、気恥ずかしさや躊躇いといった、自分のアイデンティティを護ろうとする――そして恋愛をする上では往々にして障壁になってしまうような心の動きからプレイヤーを解放するという、このゲーム特有のシステムに拠る副産物だ。

もし、可愛い女性・格好イイ男性が居ることが保証されている世界において、βテストにもかかわらずオンライン上で次々とカップルが成立していったなら――例えユーザー数が少なかったとしても、いやむしろユーザー数が少ないからこそ、放流直後の釣り堀や新装開店のパチンコ屋のように、早耳のユーザーが集まる事だろう。

かくして、コア層が形成されてゆく訳だ――。

※「ときメモ」はコナミ株式会社の登録商標です。

「ロードマップ」って言葉は、ホントはうちの業界じゃ使わないんだよね。少なくとも、セガ&SCEでは。ただ、意味合いを上手く伝える言葉なんで、使ってみました。流行だしね(笑)。

いや、マジで「ときメモ」のフランチャイズって、もう、一部のコアを除いては先細り状態だから、再生を目論むべきだと思うのですよ。より広い層に向けて。
ときメモオンライン、自分ではやるつもりは全くないので、六百デザインにコンサルティングを発注するのは差し控えてほしいけど(笑)、でも、企画書ぐらいだったら書きますよ。ええ。


【追記】
Web2.0的なゲームでの、初期段階での集客について考えられた記事を発見した。

「プロプレイヤー」(穴があったら入りたい)

2年前に、同じコトを悩んだっけなあ、と思い起こしてトラックバック発射。ソリューションの一つ(のヒント)がここにあります。

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2003年11月07日

嘘六百・第36回/「オンラインゲーム」(3)

これまでに私は、いわゆるオンラインゲームとされる商品の中で、コミュニケーションを主たる面白さとした物を「ゲーム」と呼ぶことに抵抗があると表明した。なんとなればそれは、Q2やテレクラのような「サービス」に過ぎないからだ。

確かに、広義にはゲームの体を為しているかもしれない。しかし、ゲーム性というものは、プレイヤーの判断に対して、的確な褒賞が返される事によって生み出されるという大前提がある。

もし、ゲーム性の手法を援用して新しいコミュニケーションを創り出したのであれば、それをオンラインゲームと呼ぶにやぶさかでないのだが、ゲームが単なるコミュニケーション・ツールに過ぎないのに、そのコミュニティに対して課金するというのでは、喩えるならスト2の対戦が全盛時のゲームセンターで、プレイ料金とは別に入場料を徴収するようなもので、ゲームユーザーの常識に馴染まないこと甚だしい。

それならいっそ「出会い系」の方がまだ「オンラインゲーム」の名に相応しいと妄想う(おもう)のだが、どうだろう。

実際に私は、ネットゲームについての思考実験を進めていた頃、フィールドワークの一環として、出会い系にハマった事があり――まさに「ハマる」という表現がぴったりで、あたかも黎明期のビデオゲームに対するように、ハマったものだが、本当にあれは、ゲーム性が高かった。

例えば出会い系は、「段階的な目的が明確に存在する」という点でゲーム的だ。「彼氏彼女を作る」が大目的の場合、成功失敗は自明だし、小目的も「最初の返事を貰う事」「メールのやりとりを途切れさせない事」など、非常に判りやすい。

そして強調しておきたいのは、「攻略法が存在する」という点だ。過去、1万件以上の女のコのプロフィールを吟味し、400通超のメールを送って60以上の返信をもらい、30人程とデートした経験から云わせてもらうと、9割以上の子はパターン分けが可能であり、パターン毎に、上手くいくツボや、見切り時を示すサインが明らかに存在する。実生活では、それは非常に判り難いのだが、メールという帯域の狭いコミュニケーション手段の下では、相手をモデル化して想像するしかなく、云ってしまえば「簡単に引っ掛かる」のだ。

――さて、以上を踏まえて、本題。

なんで「ときメモ®オンライン」を
作らないんですか?>コナミさん

彼氏彼女を求めている善男善女が、ときメモ®世界のキャラに成りきって相手を探す、完全出会い系ゲーム。ターゲットユーザー層にもばっちり適合だ。ゲーム的に得た好感度を、実際の好感度にリンクさせる方法も、2D絵に抱いた幻想を生身の相手に同一化させる方法も、「ゲーム性」の手法で、解決できる目途はある。

オンラインゲームとして、抜群に面白いのは確実だ。

問題になるとしたら「倫理面」だけだろう。確かに、出会い系サイトの法規制が始まるなど、世間の風当たりは強くなっているが、なあに、規制されるのは児童が対象になる売買春であり淫行であり、「純愛」を規制する事なぞ出来やしないのだ。

コナミさん、如何ですか?

ここで触れている「30人ほどデートした出会い系サイト」というのは、実は、いくつかアクセスしていたサイトのうちの1つにすぎない。俺、色んなサイトにアクセスしてたのよ。んで、サイトによって、軽い遊び系であったり、真面目な恋人募集系であったり、性格が大いに異なるのだ。軽い遊び系は、サクラが多くて閉口するけど(プロフを載せた瞬間に「逢いたい!」メールが殺到…有り得んだろっ!)、真面目な募集系だと、そこそこ面白い駆け引きが堪能できる。マジ、ゲーム性が高いよ。そこの真面目系サイトで、4人ぐらいとしばらく付き合ったりしてるし。

俺は、毎年12月のクリスマス時期にソフトを発売する都合上、毎年9月頃に忙しさのピークを迎え…
…それまで付き合っていた女のコと別れるコトが多いのだ。ほんっと、毎年そう。何故に女のコって、会えなかったり、ちょっと連絡が途絶えたりしただけで、怒り出すのかねえ…。

んだから俺は、忙しい時期に女のコと別れた年は、マスターアップ後に「狩人」となり、合コンや出会い系サイトにハマる、と。

ま、この話はWEB上に載せるには差し障りがあるので(笑)、あまり詳しく書くのは差し控えよう。うむ。


【追記】

鈴木みそ氏の漫画「オールナイト ライブ」(エンターブレイン)で、こんな描写を発見。作者から転載許諾を貰えたんで、密かにアップ。

オールナイト ライブ

えーと、コレもちろん鶴見です。あの頃は若かったなあ俺(笑

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2003年10月17日

嘘六百・第35回

ああ忙しい忙しい。TGS前は忙しい。この原稿も僅か1時間で書き上げなければならないよ。

なので今回はライトなネタを書き殴ろう。ずばっ! ばしっ!

私事で恐縮だが(というかこの連載は全て私事なのだが…汗)、先日、ちょいと高めの合コンに参加した時の事。自己紹介で「仕事はTVゲームを作ってマース」と云った瞬間、女のコ達がさーっと引きまくって吃驚した。

そんなにオタ臭いイメージがあるんだろうか?

今は昔、プレステが華やかなりし頃ならば、お茶やお華と並んで、ビーマニやらパラッパやらも妙齢の女性の習い事として一般的だった訳で、「ゲームを作っている」なんて云おうものなら、羨望の眼差しを一身に受けられたものなのだが…。嗚呼、時は流れてしまったのだなあ。

ところが、だ。「プロデューサーやってマース」と云ったらば、またもや風向きが変わってきた。女のコ達が寄ってきて「どんな仕事なんですかぁ?」の連発だ。

どうやら彼女達は『プロデューサー』という言葉に、つんく♂や小室哲哉に代表されるような、華やかなイメージを持っているらしい。あるいはTVの番組制作者か。ぶっちゃけて云えば、お金と利権を持ってそうなイメージ。何とも利に聡い娘ッコ達であることよ。

でもまあ、私はお金も利権も持っていないが、ちやほやされるのは大好きなんで(笑)、テキトーに話を合わせて電話番号を訊いて、その場は終えたのであった――。


私の妄想う(おもう)プロデューサー像には、金も利権も華やかさも関係ない。資格は唯一「誰よりも強い対クソゲー力を持っている事」これに尽きる。

例えば初代「グランツーリスモ」のプロデューサーは吉Pさんという方で、この人は同時に「クラッシュ・バンディクー」と「レジェンド・オブ・ドラグーン」「サルゲッチュ」のPでもあった(現在は、SCEアメリカの制作担当副社長)。

元々開発畑の人間ではないが、MBAも持っていて、とにかく「仕事の上手い人」。

誰よりも大きな夢を描いてGTを創り出したのは紛れもなく山内一典だが、各自動車メーカーに渡りをつけてアポを取ったり、(名前は云えないが)マスターアップ間近までゴネていたとある自動車メーカーとの交渉を成功させるなど、発生する雑事を叩き伏せて回り、全てを「勝ちパターン」に乗せていったのは、間違いなく吉Pさんの力だと云える(これには山内も賛同してくれるだろう)。

マーク・サーニーの事を書いた連載の第13回で、「クソゲー力」=「ゲームをつまらなくさせる有象無象の些事」と書いたが、今やゲームはゲームだけで完結しておらず、ビジネス的な雑事も発生するし、それらがゲームの面白さをボディブローのように削る事も多々ある。

ならば、例えゲームの実作業に関わらなくても、迫り来るビジネス的な問題を叩き伏せる事もまた「対クソゲー力」なのだし――それによって品質に貢献する事、それこそがプロデューサーの役割だと考えるのだが、どうだろう。


(ピッタリ1時間で書き上げました!)

いやもう、今年も「生命の危険を感じるほど」忙しかった。
このコメントを書いてる今(11月19日)は、もうラクなんだけど、この原稿の締め切り前後と云ったら…だって、TGSにも行けなかったほどだぜ? 有り得ん。

去年も同じ様なコトを書いた気がするけど、いやいや、今年の忙しさは去年の比じゃない。
「ラチェット&クランク2」「ジャック×ダクスター2」の作業がもろにドッかぶりしてしまったのだ。おまけに、ジャック2の作業量がまた尋常じゃなく、
大量のムービーに、大量の単発音声3500発! ラチェット2の作業の3倍はゆうにあったんじゃないか。

つまり、今年は例年の4倍の作業をこなしたってわけだ。

思えば、5月のE3以降、会社の喫煙室にノートPCを持ち込み、そこで寝泊まりしてたもんなあ。横になって寝ると寝過ぎちゃうから、机に突っ伏すだけの「断続30分睡眠」という臥薪嘗胆っぷり。

クルマ趣味を充実させるために仕事してるのに、仕事が増えたら、クルマに乗れなくなるという本末転倒。来年は、もうちょっと考えないとね。

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2003年10月10日

嘘六百・第34回/「オンラインゲーム」(2)

今は昔、もう18年ほど前になるだろうか――まだ1200bpsのパソコン通信(死語)な時代に、とある草の根ネット(これまた死語)を訪れていた事がある。

そこではリアルタイムのチャットが盛んで、夜ともなれば8chあるホストのモデムはいつもbusy。常連が夜毎集い、馬鹿話に花を咲かせていたものだった。

そしてそこの常連の一人に、「姫」と呼ばれる25歳の千葉の女のコがいた。女性の数が絶対的に少ない時代だったので、かなりチヤホヤされていたと思う。コケットリィな書き込みが魅力的で、「崇拝者」を引き連れて、チャットルームに常駐していたものだ。それこそ、「あなた何時寝てるの?」という程に、24時間いつでも。

――が、一度オフ会で会ってみたら納得いった。「姫」は、推定身長140㎝に推定体重も140㎏で、B=W=H=140㎝! 喩えるなら、田村亮子選手の尻の穴に消防車のホースを突っ込んで、最大圧で放水した様な見た目のコ。
それが、例のコケットリィな喋りを目の前で使いこなす様は、幻滅というより大爆笑。

なんでも聞いた話では、小学生の頃から結婚資金として貯めていた定期預金を崩して、1ヶ月20万円以上の電話代を払っているらしい。本人はネタのつもりで嬉々として喋っていたが、想像するに、両親は娘の結婚に危惧を抱き、せめて持参金だけでも!と、定期預金を躾けたのであろう。しかし娘はそんな両親の必死な想いを無下にするかのように、全てを電話代に注ぎ込んだという次第。実生活では味わえない「男にチヤホヤされる気持ち」を味わいたいがために――。

私達、男性参加者は皆、一様に暗い気持ちを抱えながら家路についた事を覚えている。そしてオフ会以降、「崇拝者」は居なくなってしまったのだった。


以上は18年前の話だが、似たような話はインターネット時代の今でもそこらにゴロゴロ転がっていると思う。人間が人間である限り、時代に拘わらずコミュニケーションの楽しみも苦しみも同じように存在する。そしてオンライン・コミュニケーションによってのみ成立する「ゲーム」とやらは、どんなにゲームの振りをしていても本質的にゲーム(=創作)なんかじゃなく、容姿に不自由な女のコを引きこもらせて「姫」として振る舞わせ、その代償として、両親の数十年に亘る努力を無駄にする――ホストクラブであり、キャバクラであり、Q2でありテレクラであり――実生活に浸食してそれを壊す「遊び」だ。それは何も生み出さないし残さない、非生産の極み。

私は「TVゲーム娯楽」というものは、人間の脳味噌とコンピュータとをインターフェースを介して繋ぎ、その結果、脳味噌に特殊な興奮を起こさせる物だと考えている。過去31年間はずっとそうだったし、これからもそれがメインストリームだろう。接続を絶てば(多少の依存は形成されるが)、個人の存在自体を脅かす事はない。

ゲームは1日1時間、なのだ。

オンラインゲームも、そのパラダイムの上で成立すべきだと考える私は、頭が古いのだろうか?(この項、続く)

これ、どこのBBSでの話だったっけなあ…? どこぞの音楽出版社が主催していたネットだったかなあ…? 18年も前の話なので、細部についての記憶はアヤフヤだけど、でも概ね実話。

こういう、ネットにハマって定期預金を取り崩す人や、テレクラやQ2のパーティラインにハマって膨大な請求を喰らう人と、オンラインゲームにハマって生活を持ち崩す人は、なんら変わらないと思うだけど、いかがなものか?


「コミュニケーションは最大のエンタテインメントだ」と云ったのは久夛良木氏だったか。確かに、そこには人の数のだけストーリーがあり、永久機関のように汲めども尽きぬコンテンツが日々生まれている。まさに最強のエンタテインメントだ。ゲーム市場が携帯電話に食われて?縮小している傾向を見ると、まさにその感を強くする。

だけど――いや、だからこそ、コミュニケーションのみをゲーム機に載せて「これぞオンラインゲームでござい」としている現状が大いに不満なのだ。

そんなもん、もう20年も前に存在してるじゃん

同じコミュニケーションツールの土俵で戦ったら、値段も安くて手軽な携帯とかPCのチャットに勝てる道理はない。脳を発火させる付加価値があって初めて、ゲームは競合に勝てるんだし、そしてその付加価値は、ゲーム性の方法論によってしか生まれない――と、20年来「ゲーム屋ひとすじ」な俺は信じているんだけど、いかがなもんだろう。

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2003年09月26日

嘘六百・第33回/「オンラインゲーム」(1)

「大人はオンラインゲームするな!」

――と、いきなり過激な発言から入ったけど、コレ、ゲーム業界に禄を食んでいる人間が云っていい台詞じゃないよね。ましてやゲーム雑誌上ではさ。

でも私、鶴見六百は本気でそう妄想って(おもって)いるのだからしゃあない。

今を去ること西暦1457年(去り過ぎだ…)、スコットランド王ジェームズII世は、国民がゴルフに熱狂したが為に国力が落ち込んでしまった事態を憂慮して、「ゴルフ禁止令」を発布したというけれど、ツルミDC世(六百世、ね)も日本の将来を憂慮して、無制限なコミュニケーションのみを面白さの主体としたオンラインゲームの制限令を出したい気持ちで一杯だ。

だってGNP=国民総生産が下がるんだもの。

そういう意味では、夜間のオンラインゲームを禁止したタイ国の措置には、反発を覚えつつも、ちょっとだけ賛成したい気がする。国家というシステムは良くも悪くも須く富国に向かうべきなのだ。
でなければ、カウンターカルチャーとしても贅沢な嗜好品としても、「ゲーム」は容易く足場を失ってしまうのだから――。


「ブロードバンド時代」とやらが到来する遙か以前の1996年、私はSCEIの公式ウェブサイト「GARAGE」の立ち上げに参加していた。部署横断的に集まった人間が、採算を全く考えず、手弁当でコンテンツをシコシコと作っていた古き良き時代だ。

私は同じ制作部の山下信行氏(後にSCEを離れ「パンツァーフロント」等を制作した人物。ヒットメーカーの山下信行=やんまとは別人ね)と共同で、WEB上のネットゲームをプロデュースしていた。「ゲームやろうぜ」の合格チーム、リンドブルムと共に作った「ロードオブモンスターズ(ロドモン)」などは、当時としては破格のヒット数を稼いだ成功作(商業的に、ではないけれど)と云えるだろう。

そしてロドモンによって実績が出来た私達はあらためて、時間を贅沢に使い、純粋な思考実験としてネットゲームについて日夜討議を繰り返したのだ。

大半のゲームが、我々の世界の一部分を切り取って純化・モデル化した物であるように、ネットゲームもまた、ネットワーク上でのコミュニケーションをモデル化した物であるべき、というのが当時の(そして今も変わらぬ)結論だ。

例えばロドモンは私的には、Nifty Serveの荒れ場として有名だった「家庭用ゲーム機一般(FCGAMEM)」がモデルだったりする。殺伐とした雰囲気の中、正しき書き込みを続けた者のみが尊敬を勝ち得る――これをモデル化し、ゲームの「勝つ」快感とネットワーク上での自己顕示欲とをリンクさせた訳だ。

「自己顕示欲」というのは、甘美で危険な快感だ。ユーザーにとっても、制作者にとっても。なんとなれば、ゲーム性なぞ低くとも、チャットという自己顕示欲を発露できる場さえあれば、オンラインゲームらしき物は成立してしまう。私見では、そこを縛るゲーム性こそが、実世界とゲーム世界とを区切る「黄泉比良坂」なのだが――冥界に堕ち、実生活を壊してしまうユーザーのなんと多いことか。(この項、続く)

雑誌掲載時のリード文(アオリ)は、

大人はオンラインゲームやっちゃダメ!

しょせんあんなのは自己顕示欲の吐き出し口なだけ

というものだったけど、2行目は俺の意図とはちょっと外れてるな。

ゲーム性の観点からすれば、プレイヤーは褒賞によってプレイが動機づけられる。なので、褒賞の質が高い事は、ゲームとしては必要条件なワケだ。

そして「自己顕示」というのは、プレイヤーが褒賞として最も喜ぶもののウチの一つだと考えられている。
ゲーム制作者として、プレイヤーの自己顕示欲を満たす事を褒賞とするのは、ごく当然のデザイニングなのだ。

ただ、それを無自覚に頼った「非ゲーム」が、ゲームと一緒くたにされるのに、我慢ならないのだ。デザイン不在の、チャットソフト。これはゲームではないだろう。褒賞のバラまきは、ゲームの破壊だとすら云える…と考えている。

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2003年09月12日

嘘六百・第32回

今回の妄想は、先日「PS Meeting & Award 2003」で吃驚した話から始めよう。これはSCEが年に1回、サードパーティや流通・メディアの人間を集めてPSプラットフォームの現状と今後をプレゼンし、更に前期のヒットタイトルを表彰すると云う恒例の催しだ。

ちなみにアワードで表彰されると、売れた本数に応じた賞金が贈られる。ゴールドプライズ(50万本以上出荷)なら50万円、プラチナプライズ(100万本)なら100万円。

自分のチームが以前100万円を戴いた時は、高さ30cmのフィギュアを限定で100個制作して関係者に配り、余りを全て廃棄したものだ――と過去の栄光(エーコー)はともかく、今年の話題と云えばやはり、コーエーの「真・三國無双」シリーズが、なんと3本も同時に表彰された事だろう。

プラチナ2本+ゴールド=100万×2+50万=賞金250万円!

――今頃コーエーでは、三國武将のフィギュアを250体、作り始めているに違いあるまい。

いやいや、そんな下世話な話はどうでもいい。私が吃驚したのは、受賞の挨拶に登壇した「『真・三國無双』産みの親」が、なんとまあ、「私の憧れ My Hero」友池隆純氏だった事だ。

氏はセガのアーケード・旧一研企画出身であり、かの名作「カルテット」「SDI」「ギャラクシーフォース」の産みの親だったりする。今までにドリマガ系の誌面で紹介されていないのが不思議なくらいだ。

不幸にして、私が入社するのと入れ違いにセガを退社されてしまった為に、ほとんど面識はないのだが(1度挨拶した程度)、大学時代から両作の熱烈なファンだった私は、入社前にカルテットの続編企画書もどきをセガに送りつけたり、入社してからもカルテットの「本物の」仕様書を譲り受けて家宝にしたり、カルテットの曲を別ゲームに流用したりと――まあ、今思い出すと赤面してしまう程、ファン根性丸出しの振る舞いをしていたものだ。友池氏のゲーム無かりせば、私はセガに入社しなかったのかもしれない。

それにしてもクールな話だ。複数の会社をまたにかけて名作を産み出す漢(おとこ)

――と、ここでくだらない事を思いついてしまった。私ら元セガ組は、古巣を称して「大鳥居ゲーム専門学校」とよく云うが、実際に「大ゲ専」がゲーム業界でどれだけ存在感を示したのか、大まかに定量化できるのではないかだろうか。

話を簡単にするために1次的な「売り上げ」だけを考慮するが、つまりセガを辞めた人間が、後の職場で作ったソフトの売り上げ金額(×開発内での貢献度合)の総計を即ち、大ゲ専の業界貢献度とする訳だ。

とりあえず、私の知っている範囲の20人程で、ザックリ暗算してみた。誌面の都合で詳細は割愛するが、先の友池氏も含めた総計が――約24億(平均5.3年/貢献度は推測)。サンプル抽出も試算式もアバウトなので、この数字の多寡についての議論は無意味だろうが、とは云え、もし専門学校を出たばかりの20人がソフトハウスを作り、5年で24億=5800円を40万本売り上げたのだとしたら、その学校は「実社会に役立つ」と確信を持って云えるのではないだろうか。

ほら、やっぱスゲエぜ「大ゲ専」!

次回はネットゲームを妄想します!

というワケで、アワードでは「ラチェット&クランク」もゴールドプライズを受賞し、50万円の賞金をいただく事になったのであった(ま、本体同梱分が多かったんだけどね…)。

賞金といっても、同じSCE社内だからお金ではもらえず、「プロジェクトのために何か資産を購入して、請求書を回してくれ」っていう、なんとも納得いかないやり方ではあるんだけどね。
ちなみにワタシは、プレイ画面収録用に、DVビデオウォークマンを購入予定。もちろん、サーキット走行の車載ビデオにも使うってえ寸法(にやり)。

そういえば、「グランツーリスモ」のチームでは、アワードの賞金をガソリンにあてた、というウワサがあるけど、ホントのところはどうなんだろう?(笑)

思えば、「クラッシュ1」はジワ売れだったから貰えなかったけど(確か)、「クラッシュ2」「クラッシュ3」「クラッシュ・レーシング」と、なんだかんだで賞金たっぷり貰ってるんだよね。

「クラッシュ3」では、限定フィギュアを作ったし、「レーシング」では、腕時計を作ったっけ。

――あれ、「クラッシュ2」は何に使ったんだっけ…思い出せない…。

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2003年08月22日

嘘六百・第31回

――どこで道を誤ってしまったのだろう?

元々この連載は、「ゲーム業界の真実」と銘打ちながら、その実とんでもない大嘘を書き散らして、ゲーム業界の人心を惑わそうというMMR的意図から始めたはずだったのに、いつの間にやら真実100%の優等生に成り下がっちまっているではないか! あまつさえ、事実関係を確認するために取材までやっているという、無様な小心さ。

遺憾!

せめて真実は25%以下に抑えておかないと、嘘六百の名が廃る。今からでも遅くない、嘘を大量に混入させて――いや、自分の脳内真実に基づいて、原稿を書く事にしよう。そう、副題も付けて――

嘘六百・妄想篇


セガが「ゲーム制作者養成専門学校」だったのは周知の事実だけれど、同時に「ギャンブラー養成塾」でもあった事は、あまり知られていない。

私の出身部署であるAM3研(現・ヒットメーカー)は、メダルゲームの企画&ソフト制作をやっていただけあって賭け事が殊のほか盛んで、毎日昼休みともなるとビデオルームに好き者が集い、ブラックジャックの盆が開帳されていたものだ。

チップは1枚100円。下手をすれば1時間で100枚近く負けてしまう事もあるので、皆、研究に余念が無かったように思う。

念の為書いておくと、BJには必勝法とされる戦術が存在し(厳密に云うと違うが)、あるルールとカードを数える技術(カウンティング)を身に付ければ、ペイアウト(P/O)率をほぼ100%に近づける事が出来るのだ。ちなみに競馬のP/O率は75%以下。BJがいかに割の良いギャンブルか解ってもらえるだろう(実はこんな知識も、AM3研で覚えた物だったりする)。

とはいえこの戦術、使いこなすには相当の反復練習が必要。私もメダルゲーム担当者に文献を借りて研究し、昼休みに毎日練習したお陰で、その戦術を身に付ける事が出来たのだ。結果、ラスベガスで私は、未だかつて一度も負けた事がない。

とまあ、実利たっぷり?のBJだが、その胴元をやっていたのが、誰あろう、セガの新社長・小口さんだったりする。小口さんといえばギャンブラーに喩えられる事が多い人だが、何の事はない、比喩ではなくて本当にギャンブラーなのだ。

私の印象で云うと、様々なギャンブルに精通している上に、とにかくツキが太い人。蒲田のGマシン屋(違法ポーカーゲーム)で、店に「ロイヤルストレートフラッシュ達成者」として名前が貼り出されていたという噂も十分肯ける――というか、本当だとしたら、度胸も大したもんだ(笑)。

そして、小口さん率いるAM3研、部員のツキもかなり太かったように思う。ある時、部内でジャンボ宝くじのグループ買いをやった事があったのだが、結果は――なんとまあ、ビッグレジャー賞500万円が当選してしまったのだ!

さてさて、勝負師・小口さんが社長に就任した今、セガは「ビッグレジャー賞」を引き当てる事ができるのか――

賭けてみませんか?>小口さん

――健忘症かもしれない…そう思ったのは、つい先日の事。

小口さんのセガ社長就任に伴う機構改革で、旧知の熊谷さんと片岡がそれぞれ開発分社の社長になるとの報を聞き、これは嘘六百のネタになるわい、と喜んだのだが――

――机の前に向かっても、2人の面白エピソードが全く浮かんでこない。いや、浮かばないワケではなく、面白い話ではなかったり、あるいは、自分の筆力では誤解を招きかねない(熊谷さんや片岡に、あらぬ迷惑をかけてしまいそうな)微妙な話だったりと、なんというか、自由に伸び伸びと書けそうにないのだ。

遺憾。

思えば、この夏で私がセガを退社してから丸々8年になる。どこかで聞いた文句だが、「8周年記念」だ(笑)。

近頃では、あれ程エキサイティングだったはずのセガ在籍時代の記憶も薄れがちで、むしろ、SCE初期のエピソードの方が、遙かに輝いている。

こうなったら、ウラ取りとか、世間体とかは全く無視して、自分の脳内事実に忠実に書こう――

――そう考えたのが、今回の「妄想篇」だ。ま、今まで以上に好き勝手に書かせてもらいますわ。

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2003年08月08日

嘘六百・第30回

ドリマガ最新号(7/11号)の「特許から探るゲームの未来!」という特集を、興味深く読ませてもらった。

ゲームなんぞを作っていると、否が応でも特許・商標には敏感にならざるを得ない。表沙汰にはならないが、過去には、他人の特許に抵触するゲームシステムや他社の商標などを入れてしまっている事がマスターアップ直前に発覚し(何故か直前にならないと発覚しないの法則!)、ギリギリに差し替え――あるいは発売延期する事すらあったからだ。特にタイトル名は秘すが、当時の関係者はお疲れサマ。とにかく、特許・商標と云えば、「Aバグ」「禁止表現(用語)」と共に、直前に発覚する恐ろしい罠として、ゲーム制作者の間で恐れられている。

私も実際、台本を書く際には他社の商標を不用意に入れてしまわぬよう、特許庁サイトの特許電子図書館を多用している。その頻度たるや、時期によってはGoogleよりも多い程だ。

実際には、あらゆる商標を避けるのは現実として不可能だし、また問題にならない場合も多いのだが――もし万が一、権利者がうるさがたで、ゴネられでもしたら、ダメージがあまりにもデカ過ぎるのだ。

例えばこんな具合に――


あれはちょうど10年前の事だったろうか。当時、激貧に困り果てていた私は、爪に灯をともすように積み立てていた持ち株を、泣く泣く取り崩す事にした。「社員持株会」を脱退したのだ。

ただし手続きの都合上、お金が振り込まれるのは1ヶ月後。あの頃、急成長を続けていたセガの株価は、今からは考えられない程の高値を付けていたので、それなりにまとまったお金を手にして借金生活に一息吐けるはずだった――あんな事件さえ起きなければ!

それは、世間では「コイル事件」と呼ばれている。アメリカの発明家・コイル氏が、セガと任天堂を特許侵害で訴えたのだ。しかもその内容ときたら噴飯物で、「音声を入力すると、それに画像が連動する」ただそれだけ。強いて拡大解釈すれば、全てのTVゲームが抵触してしまうという程、漠然とした内容だった。もちろんコイルとやらは単なるパテント・マフィア(特許ゴロ)で、羽振りの良かった大手ゲーム機会社に難癖つけて、金を出させようとしていた訳だ。

アメリカで行われていた裁判は徐々に劣勢となっていった。負けたら天文学的金額を支払わなければならない――セガも健闘はしたものの、最後には和解に応じたのだった。和解金は57億円(!)。

その報が伝えられると、セガの株価は、あれよあれよという間に急落していった――そして、よりにもよって最安値の月に、私の持ち株が換金されてしまったのだ!


許すまじ、コイル!

以来、セガには知的財産権部も出来、また社員の特許出願を奨励するようになった。前述のサイトを検索してみれば判るが、事件直後の1992年に出願された特許件数は異様に多い(私も「ゲーム装置」という特許(笑)の出願人となっている)。

57億円は、セガにとって高い授業料だったのだと思う――もちろん私が覚えているのは、自分が損したン十万の痛みだけなのだが!

この回も、ネタに困ったよ。

つうか、書くのに時間がかかりそうなネタしか思い浮かばず、「やっぱりオトそうか」「連載ヤメちゃおうか」といった後ろ向きな考えで心が満たされちゃったのであった。遺憾。

その中でも、いちばん早く書けそうな「特許ネタ」を選んだら――

――案外と早く書けちゃったんだから、やっぱ火事場の馬鹿力ってすごい(笑)。

この連載、文章量的には1~2時間で書ける程度のモノなんだけど、むしろ「内容を削って、規定量に収める」のが大変なんだよね。毎回、その作業に4~5時間かかるんだもの。
でも今回は、あっという間にピタっと収まったのでした。

それにしても、許すまじ、コイル

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2003年07月25日

嘘六百・第29回

今回は、昔の上司・小口さんがセガ社長に就任するから、彼に関する裏話で行こうと思ったのだけれど、あまりに危いネタ過ぎて、なんと編集長からストップがかかってしまったらしい。えー、マジかよウメちゃん?(編・マジだよ)

もう今から別ネタを準備する時間はないので、今回は(いちばん早く書ける)自分の仕事について書こうと思う。題して――

「キャラクター台本の作り方」


私は「イタコ系台本書き」と呼ばれている。台本を書く時には、恐山のイタコが霊を降ろす様に、自分でなりきりながら書くからだ。ヒーローも相棒も、ヒロインも、ジジイも、ニヒルな大男も、悪役までも、すべて声音を使い分け、小声で大声で甘い声で厳しい声で断末魔の声で――自分で云うのも何だけど、かなり「命を吹き込」んで、書いているつもりだ。

――客観的に考えると、オフィスの同僚にとって迷惑千万な話なんだけどね(笑)。まあ内部の人間には「季節の風物詩」として認知されてきた感があるけれど、さすがに先日、外部の人に台詞を聞かれた時はヤバかった。だって、聞かれた台詞が、よりにもよって、

「脱毛した毛でカツラも出来ちゃう、それが特許の新機能!」
(テレフォンショッピング口調)

なんだもの! 一体どんなオフィスだと思われたのやら(笑)。

――そこまでして書いている台本でも、これじゃあまだ「キャラクター」じゃない。云ってしまえば、単なる「面白トーク」。台本上で表現しているキャラクター性を、自分の声では十分に引っぱり出せないし、なにより、「自分の『意識』しているキャラクター性しか表現できていない」からだ。

なのでその台本で音声を当てる時は、音声収録ディレクターを別に立てた上で、声優さんに演じてもらっている。自分で声優さんに指示する事も出来なくはないけれど、それは敢えて避けている。スタジオの中で、声優さんとディレクターという「他者」を交えて、試行錯誤しながら音声を作ってこそ、スタジオの中でまさに「世間に向けたキャラクターが産まれる!」のだ。

実感として、「自分が無意識の内に台本に込めた意味」まで、ディレクターさんと声優さんから、引っ張り出されていく感じ。
「ああ、俺はそういう意味で、この台詞を選んでいたのかぁッ!?」と。

思うに――「キャラクター」あるいは「物語」というモノは、多くの人の無意識に訴えかける要素が不可欠だ。昔のゲームの様な極めて記号性の高い(情報のバンド幅が狭い)表現形式ならば、プレイヤーの裡でゆっくり醸成されていった部分も、ブロードバンド時代の今は(笑)、最初から取り込んだ形で表現しないと見向きもされない。

そういう意味で、私が関わっているタイトルは日米欧のコラボレーションによる物なので、日本市場に向けて速効的に使える流行りネタ(メイドとか妹とか巫女とかナースとか…)が入れにくい分、今回書いたような方法によって無意識を取り込む作業が不可欠だという訳で、だから――

うるさくても許してね>同僚の皆さん

忙しくって忙しくって、原稿落とす寸前まで逝ってしまった。

というか、小口さんがセガ社長に就任するのに合わせて、表に出ない「ギャンブラー小口」の真実を書こうと準備してたら、またもや編集長ストップがかかってしまったのだ。

曰く「株主総会で追求されでもしたら、シャレにならん」
――のだそうな(まあ、スモールアナルでございますわね)。

そこで今回は苦肉の策として、出入りしている掲示板への書き込みを手直しをして、そのまま掲載してしまったのであった。うーむ末期症状であるなあ。

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2003年07月11日

嘘六百・第28回/「ある制作者の挫折と転落」(完)

セガを辞めてからの僕は、数々の温泉地を放浪したおかげで身体もすっかり癒え、「鬱」も表向きは影を潜めていた。とは云えゲーム作りに関しては、未だ精神的不能(フニャチン)のままだった――。

「ゲームを作りたい! 作りたい…けど、また失敗したらどうしよう!? 鬱になったらどうしよう!?」

――意欲はあれども、自分自身にプレッシャーをかけてしまい、かえって勃たないあの状態。だから再就職する気にはなれなかったし、ましてやセガに戻る気はさらさら起きなかった。自分が失敗した原因に気付かなければ、また二の舞になるのは明白だからだ。

そんな迷いの真っ直中、1995年のアミューズメント・マシンショーで、僕はカプコンの岡本さんと再会した。そう、セガに入ろうとしていた友人を、「カプコン来いひん?」と横から掻っ攫っていった、あの人だ(第10回参照)。

その岡本さんが雑談の最中に、今度は僕に向かってこう云った――

「シカゴでピンボール作らへん?」

当時のカプコンは、STERNという老舗ピンボールメーカーを買収して、Capcom Coin-opという会社を立ち上げたばかりだった。たぶん岡本さんは、云うことを聞きゃあしないシカゴの連中に日本の意向で製品を作らせる為、日本人の企画マンを送り込みたかっただけなのだろうし、そこに偶々ピンボール好きで日米のアーケード市場を知る経験者の僕が居たものだから、ホンの思い付きで声をかけたのだろう。

しかしその言葉は、思いもかけず僕の前立腺を直撃し、痛いぐらいに僕を奮い勃たせてくれたのだった。岡本さんの言葉は、(彼の意図とは全く関係なく)僕の耳にはこう聞こえたのだ――

「今のままの君にも居場所はあるんだよ」と。

セガ時代の僕は、自分の「ありのままの能力」を肯定した事など全く無かったのかもしれない。ライター時代に、なまじっか業界のトップクラスを見知っていただけに、自分にもそのレベルを要求し、出来ない自分を認めない――なんだかまるで、「頑張っても頑張っても親が認めてくれず、心に傷を負う息子」なんてえ安っぽいドラマを、一人二役でやっていたようなものだ。能力評価が人格否定にすり替わる罠。それが自分の「意識vs無意識」だったと云う二重の罠。自分に否定された心は救い無く壊れるしかない訳で、それこそが僕の鬱の理由だったのだ。

「僕は、僕を肯定してあげよう」

原因を心の底から認める事が出来さえすれば、克服するのは容易い事。結局シカゴに行く話はまとまらなかったけど、やる気に火が着いた僕は今度こそ、自信を持って新天地SCEへ飛び込んだのだった。何せノウハウはたっぷりある。セガ時代の数々の失敗によって得た、他の誰も持っていないような貴重な経験が。山ほど。

1996年の新春が訪れていた――。


PS:あの莫大な借金は、「クラッシュ・バンディクー」の成功報酬で綺麗さっぱり消えました。今の僕は、心身財務、全てにわたって健康です。


よかったね。


このシリーズ、了

SCEに決める前、ホントは石井さんがアトラスを紹介してくれるハズだった。そのままアトラスに行ってたら、どうなってたんだろ、俺?

でも、それを川口さんに云ったらば、「アトラスよりも、SCEが良いよ!」と、佐藤明さん(SCEJ制作のトップ)を紹介してくれたのだった。

その後、マーク・サーニーと再会し、彼のプロジェクトを通じて、NaughtydogとかInsomniac、SCEAの連中とパートナーシップを築けたんだから、いやホント、どこで何がどう転がるか分からないね。

クラッシュ・バンディクーが(一応)成功と云えるだけのセールスを上げた後、何かの場(たぶんPSアワード?)で岡本さんに会ったトキ、「ホンマ良かったな」と云ってもらえて――あのトキは嬉しかったなあ。

そういえば、高速道路で放浪していた当時、違反の累積で、免許が危機を迎えたコトもあったっけ。
中央高速で覆面パトカーに捕まっちゃって、ね(お定まりの文句「前の赤いオープンカー停まりなさい」だ)。

でも、学生時代に1度免許取消になっていた「経験者」だったので、今度は策をもって当たるコトができた。署名を集めたんだ、190人分。

その時に、署名だけでなく、「シカゴに就職する予定。アメリカでは免許が無いと生活が成り立たない」
と陳述したのも効いたんだろうなあ。そういう意味でも岡本さんには感謝している(笑)。


あの当時、長電話に付き合ってくれた江幡様・佐宗様、家に転がり込ませてくれた相様・江守様・八木様、そして堀様・北山様・佐藤様・海道様・細江様・ウメちゃん他、友人の皆様方のおかげで今も生きてます。

――とプロフィールには書いたけど、それだけじゃまだ足りない。

石井様・岡本様・川口様。皆様のおかげで幸せに生きてます。

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2003年06月27日

嘘六百・第27回/「ある制作者の挫折と転落」(4)

1994年、春。完全に壊れてしまっていた僕は、スターウォーズ・プロジェクトの終了を機に、セガを辞めようと考えていた。

と云っても、ゲーム一筋に進んできた僕が、ゲームを作る以外に出来る仕事などあるはずもない。少なくとも、500万以上の莫大な借金を返せるだけの稼業なんて思い浮かびやしなかった。

――失踪か、自殺か。

心療内科通いのおかげで、鬱「病」と云える峠は越していたけれど、いまだ抑鬱状態に悩んでいた僕は、その2択を前に呻吟する毎日だった。

ところがそんな折り、コンシューマ(家庭用)の石井副本部長(現アートゥーン社長)に退社の相談をしたところ、思わぬ申し出を貰ってしまった――「辞めるぐらいなら、コンシューマでラクしに来なよ!」。僕は、最後のご奉公のつもりで、コンシューマに移籍した。

コンシューマでは、既にスタートしているプロジェクトのディレクターを任された。横スクロールのアクションで、元々メガドラ用に進んでいたタイトルを、デビュー間近のサターンに焼き直すに当たって、経験者の立場からプロジェクトをスーパーバイズして欲しいとの由。

ゲーム創りの情熱は、僕の裡からすっかり消え去ってしまっていたけれど、ゲーム作りのノウハウ自体は身に付いていたので、何とかやっていけるかもしれない、そんな想いから、最後の命綱を握った僕だった――。


今、「輝水晶伝説アスタル」というタイトルを記憶している人間がどれ程いるだろう?

――そう、商業的にはプロジェクトは成功しなかった。一部の声優ファン以外には黙殺された格好だ。でも失敗でもなかった。少なくとも僕にとっては。

確かにプロジェクト初期の頃には、最後の命綱の上を危ういバランスで渡っていたのかもしれない。家に転がり込んできた女のコの身体に溺れて、仕事上の無力感を男性的征服感で贖おうともしたし、友人連中に「30歳の誕生日に自殺するから、誰か俺の生命保険に一口乗らない? 保険金で配当するよ。〆切は1年前の29歳の誕生日ね」と公言して自己憐憫的センティメンタリズムに浸ったりもした。

でも、やはり僕を癒してくれたのは、素朴な「物作りの感動」だった。

アスタルが完成に近づくにつれ、日々のちょっとした達成感が陽射しのように、僕の抑鬱感を溶かしていった。BGMはビートルズの「Here Comes the Sun」。

冬が終わり、1995年の春がやって来ていた――。


アスタルが終わった後、今度は本当にセガを退社した。

もう鬱からは解放されていたけれど、純粋に身体が休息を欲していたからだ。僅かながらの退職金を握って、愛車RX-7カブリオレで全国の温泉を巡り、夜は高速道路のサービスエリアで車中泊。たまに友人宅へ転がり込み、遊び歩く毎日。そういえば、榎本さんと出会ったのもこの頃だったっけ。

そんな生活を5ヶ月程続けて退職金が尽きようとしていた頃、元BEEP編集長・川口さんの紹介でSCEの門を叩いて――。

TO BE CONCLUDED!(次回完結)

いやーアハハ、この前の回の原稿、見事に落としちまったよ。ちょうど〆切がE3直前で、書く時間が取れなかったのでした。これで見事に予定が狂い、当初書こうと思ってたE3レポートは書けず終い。

ホントはこの回で終わらすつもりだったんだけど(内容的にはそうだよね)、「鬱を解消できた理由と、500万の借金がどうなったかは、必ず書くコト!」という、編集うめちゃんの強い要求により、もう1回だけ書くコトに。ほら、落とした回の代原を書いて貰った身だから、従わざるを得ないワケで(笑)。

ちなみに最後の「TO BE CONCLUDED!」という文言は、そうです、その通りです、E3出張の時に観た「MATRIX RELOADED」から取りました。
さすが、エノモトさんはスゴイ(講談社アッパーズ「映画でにぎりっ屁」参照)。一言だけで解ってくれて、イラストも「TSURUMIX RELOADED」だって。
うーむ、まさに「映画愛」。微妙な文章も、拾う拾う(笑)。ドリマガ本誌では、中村る~しあとかいう輩が、知識も理解力も画力も無しに映画コラムを描いていて、たまに失望させられるが…こういう「愛」あるイラストを見るとはげみになりますなあ。うむうむ。

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2003年06月06日

嘘六百・第26回/「ある制作者の挫折と転落」(3)

それは、学生時代から新宿歌舞伎町を根城にしていた僕にとって、比較的簡単に手に入る代物だった。友人の友人の、そのまた友人が紹介してくれたアラブ系外国人から大久保西公園で初めて手渡されたそれは、想像と違い、拍子抜けする程ちっぽけな包みに過ぎなかった――。

1994年、僕はあるドラッグを常用していた。ドラッグの効果が続いている間だけ、かろうじてゲームを作っていられたのだとも云える。鬱という疾病が僕から、思考力と集中力という、開発作業に欠かせない2つの能力をすっかり奪い去っていたからだ。

それ無しの僕といったらもう全くの無能者で、翌日に仕様書を出すと約束しておきながら、考えはまとまらず文書化も出来ず、徹夜明けの当日早朝、誰も出社して来ないうちに「具合が悪い」と書き置きし、こそこそと帰宅する――そんな繰り返しで〆切から逃げ回っていたのだ。

しかも狡い事に、1日だけでは仮病がバレてしまうからと2~3日は連続で休む。家では何をするでもなくぼーっと無為に過ごし、もちろん仕様書は白紙のまま。これじゃプロジェクトも進展する訳がない。

ところが一旦それをキメたなら、一転して溜まった雑務もバリバリこなす、スーパーマンに変身だ。僕は元来、躁気味の人間だったので、同僚も気付かなかった事だろう。

長年、ゲームを作る事のみに専心し、ゲームに依ってのみ自己実現を目指してきた「ゲーム絶対教」信者の僕が、「ゲームを作れない鬱の自分」に堪えきれず、それに縋ってしまったとしても誰が責められよう?

――でもそんな歪な生活、長く続く訳がない。破綻は徐々にやってきた。金銭的な面でだ。

給料が入る度にドラッグを購入していた僕は、生活費の足りない分をカード/キャッシングに頼るようになってしまったのだ。残業代が多かった頃はそれでも生活を回せていたけれど、休みがちになった途端、僕を高給取りにしてくれていた「スーパーフレックス」制度が逆に牙を剥き、手取り給料は20万以上も減ってしまった。かといって、その頃にはもうドラッグ無しでは出社すら儘ならなかったので、止める訳にはいきやしない。

お定まりの、返済を借金で賄う自転車操業によって、借金はある時点から級数的に膨らんでいき、最終的には消費者金融数社も含め500万円を越えたと思う。何のことはない、巨大な心労の種を一つ増やしただけだったのだ――。


スターウォーズPJのリリース1ヶ月前から、僕は家に引きこもるようになっていた。

ドラッグは買えなくなったのでスッパリ止め、虚脱感と焦燥感が交互に僕を悩ませるようになってしまったけど布団の中で凝っと耐えた。
胃には潰瘍が出来て血を吐いた。
夜、絶望に押し潰されそうになる度に、友人と数時間も長電話をした。
たまに夜の街で我を忘れようとしたけど、その後には更に深い絶望に沈んだ。
スターウォーズは、僕抜きでもリリースされ、商業的に大失敗した。

そして1995年、春――僕は、自殺を考え始めた。

はたして救いは訪れるのか!?

「今回の内容って、真実なんですか?」と、質問されまくったが、この回に関してだけは、ノーコメントでお願いします。

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2003年05月09日

嘘六百・第25回/「ある制作者の挫折と転落」(2)

もしもタイムマシンがあったなら1994年の春に戻りたい。
そして壊れてしまった自分にこう云ってあげたい――
「頑張り過ぎなくても、いいんだよ」と。

当時の僕は、突発的に訪れる重度の鬱に悩んでいた。昔も今も、ハイテンション躁状態で陽気な「ラテン星人」として知られている僕だけど、躁と鬱とはコインの裏表、躁が激しければ激しい程、その反動の闇も深い。

前代未聞の暗中模索プロジェクト・スターウォーズによって癒され得ない疲労を溜め込んでいた上に、AM3研の企画課長に指名され、余計な仕事を山のように抱え込まされてしまった僕の精神は、その頃にはもう、些細なきっかけで鬱に落ち込む程までに追いつめられていたんだ。例えばこんな具合に――。

ある時僕は、夜を徹して捻り出したマップを、同期のデザイナーのAという男に説明しつつ渡した。彼は云った「おお、やっとくわ」。そして数日後、完成したかどうか訊ねると、Aは手元で作っていたサンライズちっくなロボットの3Dデータをこそこそ隠しながら、関西弁のイントネーションで、こうのたまった。

「何? 聞いてへんよ」

(心の声)バカ野郎ふざけんじゃねえ! じゃあお前の机に埋もれているその仕様書は一体なんなんだ? だいたいスターウォーズにロボットは出てこねえだろっ! そんな趣味のデータ作ってる暇があったら、仕事しろっ!

――僕は、そんな怒りはぐぐっと飲み込み、再び懇切丁寧に仕様書の説明をした。

ところがだ! そんな気持ちを裏切るように、Aが数日後に上げてきたデータといったらもう噴飯物で、スターウォーズユニバースにそぐわない装飾は満載だわ、ポリゴン数はオーバーするわ、そもそも、その場所に含まれていたはずのゲーム性すら消えている!

一体どういうつもりなのか問い詰めた僕に、奴は開き直って、こう云い放ちやがった。

「オモロないから、勝手に変えといたわ」

ぶちっ。

その時、確かに聞いた。「切れる」としか云いようのない音を。とてもリアルに。

――実は、それからの経緯はあまり覚えていない。後で聞いた話だと、激しい口論の挙げ句に帰宅したんだとか。そして僕が覚えているのは、朝まで眠れず、悔しさのあまりにベッドでのたうち回って底板をぶち破ってしまった事と(後に彼女と寝ていたらいきなりベッドの底が抜けて驚いたものだ)、放心から我に返った時に、極度の倦怠感で何もする気が起きなかった事だけ。

立ち眩みで、目の焦点が合わない。会社に向かおうとしても足が動かない。

そう、これが「鬱」だ。


僕は、鬱になる度に会社を休むようになり、その頻度は日に日に増していった。本来なら、休養をとって「鬱病」として精神神経科に通い、適当な薬を処方してもらえば良かったのだろう。しかし僕は、倦怠感と交互に現れる「ゲームを作らなければ!」という使命感も無視できず、最悪の選択をしてしまった。

薬ではなくクスリにすがったのだ。

次号、いよいよヤバい領域に!

本文中で挙げた「A」という男は、後に関西のSという会社(もう無い)に移籍して、そちらでも害毒を撒き散らしまくった――と、SCEで一緒になった、元S社の人間が教えてくれた。
「セガからの破壊工作員じゃないのか?」と云われるほど酷くて、まあ総スカンに近いかったらしい。おまけに、上の人間に取り入って別部署を立てたものの、ほとんど何の実績も出せなかったんだとか。

――なあんだ、俺の被害妄想じゃなかったんだ。

それなら堂々と書いちゃおう。Aというのは、朝倉という男。

セガ時代、「水口が評価されているのが気に入らない」と漏らす程、デザイナーとしての能力に数倍する、権力欲と嫉妬心の持ち主。チヤホヤされるのが大好きで、他人を蹴落すのも大好き。本人は、SNKでは「バーチャロンの仕事をした」と豪語していたらしいが、それがほとんど経歴詐称に近いコトは、関係者ならご存知の事実。

二度と遭いたくない人種ですね、ハイ。
つうか、ゲームショーで見かけた時は、ソッコーでダッシュしちまったよ(笑)。

そうそう、最後の「薬でなくクスリ」というお気に入りの表現は、編集長の判断で、相談もなく「ク●リ」と伏せ字にされちまった。でも「ドラッグ」だったらOKなんだって。不思議。どっちも、単語そのものは違法性を持っていないのにね。
つうかむしろ、「Winners don't use DRUGS」っていうFBIマークを見慣れた俺にしてみりゃ、ドラッグの方に違法性を感じるんだけどね。

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2003年04月25日

嘘六百・第24回/「ある制作者の挫折と転落」(1)

――あの時、人間がこんなに簡単に壊れてしまうんだって事を、初めて知った。
今からちょうど10年前、1993年の事だったろうか。

当時の僕はAM3研に所属して、まだ計画中の「アミューズメント・ミニテーマパーク」(そう、後のジョイポリスだ)向けの大型ゲームを作っていた。

テーマはズバリ、スターウォーズ! 最初に小口部長から業務命令を授けられた時は、我が耳を疑ったね。だって、あのスターウォーズだよ。SF映画の代名詞。ArtooとThreepioに誘われて往く、目眩くスペース・アドベンチャー・サーガ。エピソードIV~VIのシナリオを暗記していたぐらいイカれてた僕は、その伝説(サーガ)に参加できる喜びから、一も二もなく飛びついたんだ。

それがサーガどころかドゥーム(破滅)に続く道だとも知らずにね。


企画の概要は、僕の与り知らぬ所で既に決まっていた。

使用基板はAM3研・初のCGボードMODEL-1で、筐体は半球面ドームプロジェクターを使った、16人対戦型のフライトシューティング。半球面ドームっていうのは、ナムコの「O.R.B.S.」みたい(というかそのまんま)な物で、要は、普通のゲームをするために必要な有効視野だけでなく、その周囲の誘導視野(ヒトの空間座標感覚に影響を与える)もスクリーンで覆っちゃおうという、フライト物にピッタリの豪気なシステムだ。だけど、まだ製品化はされておらず、日立製作所の映像事業部とセガとで共同開発中という代物。完成期日は未定、というよりむしろ、完成期日を早める為にゲーム企画側から貢献して欲しいというのが、僕に与えられたミッションだったんだ。

今なら正しく判断できる。これが僕の手に余る企画だったという事を。

その頃の僕は全くの若僧で、ゲームを2本ほど完成させたとはいえ、それは「売り逃げ」とでも評すべき製品で、まあ云ってしまえば失敗作を通じてゲーム制作法を覚え始めたばかりのヒヨっ子に過ぎなかった。

覚えたノウハウだって、アクション限定。少なくとも、対戦フライトシューティングなんていう、社内の誰も制作のノウハウを持っていないゲームを創り出せる程のクリエーターでなかった事だけは確かだ。ましてや初めての3D。基礎ライブラリすら整っていないモデル1基板。その上、コストも効果も見えない開発中の半球面ドームときた日にゃあ、もう不確定要素のてんこ盛りだ。出来る訳ゃない。

でも当時の僕は「出来ない」とは叫べなかった。当時のAM3研では「企画は新しい物を生み出せて当然」だと思われていたし、小口さんのおだて方が上手かったというのもあるし、それより何より、僕の目には、憧れのスターウォーズ・サーガに連なる事しか見えていなかったのだから! そのスターウォーズ版権も、ゲーム性に縛りを加えて僕を苦しめていたのは皮肉な話なんだけど。

徹夜で呻吟っても仕様書は1枚も上がらず、眠い目をこすって日立に向かっても技術的なブレイクスルーは見つからない――そんな日々が続く内に僕は、徐々に壊れていったのかもしれない――。

次号、本格的に壊れます!

このシリーズは、嘘六百を始めたトキからやりたかった内容だ。
ほら、ドリマガには定期的に「ゲームスクール」のパブが入るぐらい、ゲーム「クリエーター」ワナビー君が読者だったりするワケじゃない(想像)。そんな彼らに冷水を浴びせるのも一興かな、と(笑)。

少なくとも、この手の挫折→再生という体験を単なる「残酷物語」以上に昇華して書けるのは、ゲーム業界広しと云えども、俺ぐらいなワケだし。

あと、人気のないこのコラムに、連続モノのサスペンスを導入して、テコ入れしたかったという意味もある(笑)。ヒッチコック先生、トリュフォー先生、如何なもんでしょう?

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2003年04月11日

嘘六百・第23回

 前回、「遅刻罰金制度」という言葉を書きましたが――この連載を読んでいるゲーム開発者の皆さん! 特に、チームメンバーの遅刻でお悩みのディレクター/プロデューサーの皆さん! 「遅刻罰金制度」を導入してみませんか? 色々とオイシイ事があるんですよ! それは何かというと――。


 今は知りませんが、私が所属していた頃のセガでは「スーパーフレックスタイム制」という勤務制を採っていました。

フレックスタイムを御存知ない方の為に説明すると、「コアタイム」と呼ばれる一定の間だけ会社に居れば、その日は出勤したと見做される制度です。開発では10~15時の5時間がコアタイムでした。つまり、早朝に来て15時に帰るのもアリなら、朝10時に来て15時に帰るのもアリ。その上「スーパー」の冠は伊達じゃなく、1ヶ月の規定労働時間を超えて残業した分は、振替えて休む事も出来て――あるいは、丸々給料に上乗せする事も出来たのです!
 私も忙しい時分には200時間近く残業していたので、休む場合でも有休を全く使わずに振替休日で好きなだけ休み、休めない時は全額お金に換えて――入社2年目なのに、手取り給料が50万弱なんて事もざらでした!

 どうです、夢のような勤務体系でしょ?

 でもね、今考えると、スーパーフレックスって諸刃の剣。とても素人にはお勧めできない。とにかくプロジェクトがダレるんですよ。

――まず第一に、仕事密度が薄くなる。そりゃそうです、会社に居るだけで高給取りになれるんですから。集中すれば日中に終わるような仕事でも、泊まってしまいがちになります(すいません、私もそうでした…汗)。

その結果――第二に、勤怠感覚がマヒ麻痺してきます。
「遅刻してもいいや、泊まってやれば」
 午後イチ出社ならまだましな方で、夕方出社、深夜出社(!)なんて人間も居たほどです(すいません、私もそうでした…汗)。独りきりの仕事だったら問題ないんでしょうが、ゲーム制作はもちろん集団作業。一般社会生活を営む他メンバーにとっては、コミュニケーションのロス以外の何物でもありません。云うまでもなくこれは、ボディブローのようにゲームのクオリティをじわじわと落とす「致命的なクソゲー力」の一つです。

 私は、あるプロジェクトから「遅刻罰金制度」を導入することにしました。自分の事は棚に上げて。机の上に、「ナニワ金融道」の貯金箱をドンと置き、遅刻1時間につき千円を徴収する事にしたのです。

 その結果どうでしょう! 遅刻が――実はまったく減りませんでした(汗)。でも、PJ中盤で「妙に貯金箱が重いな」と思って開けてみたところ、なんと20万近くも貯まっていたんです! ナニワ金融道の御利益でしょうか?(笑)
勿論これを使って、PJメンバー全員で飲みに繰り出しましたとも。超豪勢な親睦会!――20万円=200時間のコミュニケーション・ロスを埋めるために。


教訓:遅刻罰金でメンバーを和ませろ!

 数ヶ月後の打ち上げも豪勢でした(笑)。

連載誌面では、スペースの都合から、セガの昔の勤務制度に焦点を当ててみたけど、ここでは、遅刻罰金制度の「真の意味」について、ちょっと補足しておこうかね。

上に立つ人間がだらしないと、プロジェクト全体の士気(モラール)が落ちるんだよね。なんでもナアナアで済ませられちゃうような、真剣味の欠如が、澱のように溜まって。んで、その澱こそが、クソゲー力を生む核となり、プロジェクトがどんどん澱んでいく。

ところが高額の遅刻罰金を課すると、そこに「禊(みそぎ)」の効果が生まれる。
「奴はダレてるけど、その分、罪を償っているんだ」ってね。
これが、クソゲー力へのカウンターフォースとなって、プロジェクトの澱みを防ぐワケ。

前回、大場さんが遅刻罰金制度に加入していたコトについてチラっと触れたけど、別プロジェクトにも拘わらず、この制度に加入していた人も多かった。大場さんなんかは賢かったから、この「禊」効果を狙っていたんじゃないかな?いずれにせよ、この制度はかなり「使える」ので、皆さん使ってみてくださいな。

ちなみに、これを管理職が強制すると、下手すると労働基準監督署に訴えられちゃうから、くれぐれも、下の人間の発案で、プロジェクトメンバー全員が自発的に行う形にしておいてね(笑)。


そういえば、この回の原稿は遅れに遅れて、エノモトさんには迷惑かけました。そしてエノモトさんの画稿も遅れに遅れて…うめちゃんに遅刻罰金払うべきか?(笑)

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2003年03月28日

嘘六百・第22回

 ドリマガの「プチ週刊」も、やっと今週で終わりです。

このクソ忙しい時に、毎週毎週〆切がやって来やがるもんですから、すっかり仕事のペースが狂っちまいました。この怨み、どこにぶつければいいんでしょう? ドリマガ編集部? ソフトバンク?

 いやいや、今回はPS2「サクラ大戦」の発売に合わせた措置だったという話ですから、この際、オーバーワークスの大場社長に鬱憤を晴らさせていただく事にしましょう――。

 読者の皆さん、大場さんの事は誌面等で知ってますよね?

 あの派手な服装(チンピラ・ルック)の年齢不詳なオヤジ(笑)。私もよーく知っています。なにせ私がセガのコンシューマに在籍していた8年前、課長だった大場さんの席は私のド真ん前だったんですから。なので、大場さんが頻繁に漏らしていた「仕事したくねえ~」「帰りてえ~」「浮気してえ~」等といった不埒な言動(魂の叫び?)の数々まで、今も鮮明に思い出す事が出来るほどです。

でもね、普通、上司がやる気の無い態度を見せると、部下のモラル(士気)が削がれてプロジェクトの生産性にも悪い影響を及ぼすはずなんですよ。普通は。しかしそこは大場さん、普通じゃないから全然OK。

喩えて云うなら「治外法権(ジャイアニズム)」。

どれほど遅刻が多かろうが(午後出社当たり前)、いくら就業時間中に漫画を読み耽ろうが(毎日、私から強奪!)、彼が「ヤル時ゃヤル男」というのは部内に知れ渡っていたので、全く問題なかったのです。

 例えば、当時開発上の問題を抱えていた「クロックワークナイト」というタイトルをテコ入れするために、大場さんが現場に復帰した事がありました。

――今だから云えますが、当時の私は「いかな大場さんでも、こりゃ無理だろ」と踏んでたんですよ。当初の企画では、「ネジを巻く」という基本アクションに数秒もかけさせる、何とも面倒くさい仕様でした。勿論、爽快感の無いACGは言語道断。かと云って、もし爽快感を増す(=単位時間当たりの刺激量を増やす)為に「ネジ巻き」時間を短くするとしたら、マップ中のチャレンジ(仕掛け)の数から規模まで増やさなければ帳尻が合わない事になります。基本アクションは全ての設計の基本単位なので、後になってから修正するのは現実的じゃないのが普通です。

 ところが大場さん、これまた普通じゃなかったんですねー。大鉈ふるって基本アクションを修正し、マップもエネミーセットも全修正。増えた作業量を自分でも負担してマップ書き。普通、課長とかの管理職が現場仕事(殊に仕様書作成)を受け持つとロクな事にならないものですが――もう「普通」って言葉が通用しないのはお解りでしょう――結果はご存知の通り。上下巻に分けざるを得なかったものの、概ね成功しちゃった訳です。


 あれ? 本当は大場さんから遅刻罰金をタンマリせしめたウハウハ話を書く予定だったのが、読み返してみたら妙に「イイ話」になっちゃいましたねー。
せめて鬱憤晴らしに、最期っ屁を一言――


「大場課・長、お元気ですか?」

この原稿送ったら、編集のうめちゃんが心配してやがんの。

「こんな『大バカ』呼ばわりして大丈夫かよ?」

大丈夫に決まってるじゃん(笑)。

この手のシャレが通じない人もいるけど(中さんとか)、こと大場さんに関して云えば、もっと酷い事書いても「おーまーえーなー!!!」ぐらいで済んだはず。

つうかね、セガ系で上に立つ人間って、マジで度量が広いじゃん(これも中さんは除く)。本当に面白い会社だったよなあ、セガ。

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2003年03月21日

嘘六百・第21回/「GDC」(完)

 もし戦争もテロも起きていなければ(そう願いたいものですが…)、この号が発売される正にその日――正確には、日本時間の3月7日午前2時15分から、私は相棒と一緒に、カリフォルニア州サンノゼで開催されているGDCでスピーチ講演を行っているはずです。

そして、講演と同じ日の夕刻、個人的に超楽しみなGame Developers Choice Awardも催されます。このアワードは、GDCと同じ母体~IGDA(International Game Developers Association=国際ゲーム開発者協会)が行っている表彰で、一口に云えば「世界中のゲーム制作者が投票するゲーム賞」。ユーザー投票の賞だと、どうしても売れたゲームに票が偏りがちですが、こちらは歴史こそ浅いものの「優れた」ゲームを選び出す事には定評がある賞です。その証拠に昨年は、大賞にあたるGame of the Yearこそ大ヒット作のGTA3でしたが、ICOが3部門で受賞したり、REZがInnovation Spotlights(革新的なゲームに贈られる)を受賞したりと、通も納得の結果となっています。

そして既報のように、「携帯ゲームの父」故・横井軍平氏がLifetime Awardを受けるのもまた、この表彰の一部門だったりします。
この賞はゲーム業界への貢献に対して与えられるもので、意訳するなら「生き様賞」。いやはや、IGDAも粋な事をしてくれますなあ。この一件だけとっても、この表彰がいかにナイスかが解ろうというものです。

※このChoice Award、IGDAの会員であれば、日本からでも(実は、ゲーム制作者じゃなくても)投票できたりします。興味のある方は、IGDA日本支部(www.igda.jp)までどうぞ。

横井氏の例を引くまでもなく、日本のゲーム業界は、海外では驚くほどリスペクトされています。

例えば今回のGDC講演の中で、「Communicating With the Mothership(マザーシップとの交信)」というパネルディスカッションが予定されていますが、ここで云う「マザーシップ(母艦)」とは、まさに日本の事。要は、日本発のゲームは文化の差・言語の差を物ともせずに世界中で売れていた「親」であり、現在それを目指している西洋の(自分達の)ゲームを、卑下して「subsidiary(追随者)」と喩えているのです。

もっと云えば、私の知る範囲では海外の制作者は大概、日本式ゲーム制作には何らかの「秘伝」が存在すると考えているようです。ゲーム制作を、忍術か何かと同列に考えているんでしょうか。でもコレ、嘘みたいですが本当の話。実際に何人もの口から、そうした言葉を聞いています。だって、そうでもなきゃ、私が講演する事なんか有り得ないでしょ? それが何よりの証拠です。

そういえば、本来ならば今回、ICOの制作者・上田&海道コンビも講演する予定だったのですが、諸般の事情により辞退してしまったとの由。また他にもパンツァードラグーン・オルタのスタッフによる講演もキャンセルされてしまったと聞きます。

きっと海外の制作者の間では、「また『秘伝』を知る機会が失われた!」「さては口を封じられたか!?」と噂されていることでしょう――いやマジで。

GDCには初めて参加したけど、色々な方とフランクな形で喋れ、本当に有意義かつ楽しい時間を過ごすことが出来たように思う。つうか、制作者としては、E3に行くぐらいだったらGDCに行った方が良いね。

まあ、E3にはたいてい自分の参加タイトルが出展されているし、ミーティングも予定されているから、行かざるを得ないのだが。

あと、自分らのレクチャーの模様が紹介されているのを読むのは無性に楽しい。

平澤氏(神!)@Impress Game Watchの記事
志田氏@Independent Game Fiesta!の記事 **記事削除
岩井君@Softbank Gamesの記事 **ZDNet削除
奥谷氏@4gamerの記事

ちなみにこの中では、平澤氏の記事が長文なだけあって、いちばん自分の意図を正確に要約してくれているように思う。つうか、自分の喋りより、はるかに美しい日本語ですな。綺麗にリライトされているから、これを原稿にしたいぐらいだ(笑)。会場でのPCトラブルの際に助けていただいたコトもあって、今回「神認定」。本当にありがとうございました。

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2003年03月14日

嘘六百・第20回/「GDC」(5)

 今回は、海外でヒットしていながら日本では受け入れられないソフトが抱えるもう一つの理由――表現の問題について書きます。

実際、日本以外では今、「Grand Theft Auto: VC」のような、バイオレンス暴力を前面に出したソフトがコンソール市場で大売れに売れていますが、日本では(PC版の一部を除いては)全く市場に現れていません。それは何故かというと――。

 「ドラゴンボールZ」等の子供向けアニメが日本国外でTV放映される際に、「暴力的な」シーンがカットされる場合がある事は、皆さん御存知かと思います。日本では、未就学児ですら観ている番組なのに、ですよ!

と云っても、日本社会が暴力表現に無頓着という事では決してなく、「リアル バイオレンス現実の暴力」に対して敏感なのには変わりありません。ただ、ヒトは「死を想起させる暴力」こそをリアルに感じ、強く危険視する傾向があるので、例えば「銃」による殺傷が日本人の大半にはリアル現実的に感じられないのと同様に、長年に亘って漫画・アニメで見慣れた暴力表現もまた、死を想起させない絵空事(フィクション)だと思われている訳です。当然、世間の良識とやらの槍玉に挙がる事も(最近では)滅多にありません。これは、具体的な規制よりむしろ、世間の常識をベースに表現の自由度が決定される日本のやり方を、象徴的に表す例だと云えましょう。映画もTVもゲームも全て、細かく「レーティング(年齢区分/表現規制)」が行われている海外とはかなり異なります。

 ――そう、違いはレーティングなのです。

皆さんは驚かれるかもしれませんが、日本はゲーム先進国と見做されているのにも拘わらず、ゲームソフトのレーティング制度が立ち上げられたのは、昨年の10月なのですよ! ESRB(※アメリカのレーティング機関)が10年目を迎えたのとは対照的です。

勿論、各ハードメーカーやCESAは、以前から独自に倫理規定を定め、表現の自主規制を行ってきたのですが、それはあくまで「自粛」。云うならば、世間サマのお怒りを買わないように、モゾモゾと腕を縮めていたのです。
それに対してレーティング制度は、社会に堂々と認知して貰うために、社会に対して発信されるもの。むしろ表現の自由度を広げる可能性すらあります。

 例えばアダルトビデオ「AV」。AV=18禁というレーティングは、日本では子供ですら知っています。日本で広く認知されている、数少ないレーティングの一つだと云えましょう。そしてそのおかげで、少なくともビデオ映像は「性表現」という自由度を持ち得ました――もっともその後、日本人の性意識のオープン化を招き、様々な功罪を生んだのですが(実は日本独自のギャルゲー・エロゲーも、その末裔なのです)。

 何にせよ、レーティング制度は一般社会に認知されなければ効力はありません。ESRBは、ほぼ10年近くかけてやっと成熟し「バイオレンス」というジャンルを売り上げランキングのトップに送り出しました。しかし日本のレーティング制度は始まったばかりです。日本向けソフトでは、くれぐれも表現についてご留意いただけたらと思います。

この回のプロフィールでも書いたんだけど、元々、アメリカでのESRBレーティングシステムってのは、当時のプラットフォームホルダーだった、任天堂とセガが、(間接的に)金を出して設立されたモノだったんだよね。

まあ、当時アメリカでは「レーティングを立ち上げなければヤバかった」という、やむにやまれぬ事情があったんだけど(そうしないと、国の規制が生まれていた)、あそこでね、もし任天堂とセガが日本市場の行く末を考えて日本でのレーティングシステムの導入を投げかけていたら、また違った「日本市場」があったんだろうね。

――つうか、去年やっと立ち上がったってのは、如何なものか。

まあ、レーティングについて云いたいコトは山ほどあるけど、それは後の嘘六百で書かせてもらいましょうかね。

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2003年02月28日

嘘六百・第19回/「GDC」(4)

 とある海外の番組制作会社から、日本と欧米のゲーム市場の違いについて取材を受ける事になりました。

具体的には、大ヒットした「Grand Theft Auto」シリーズやFPSのように、欧米では驚異的なセールスを記録しているにもかかわらず日本では全く売れていない製品/ジャンルがあるのは何故か、といった内容です。ちょうどGDCで喋る内容と被るので、今回はそれでいきましょう。

日本では、First Person Shooter(主観視点シューティング)、所謂「FPS」の市場が、欧米に比べて極端に小さい事が知られています。有名な例では、N64「ゴールデンアイ」は日本と欧米では売り上げが十倍以上も違いますし、「Doom」以降の名だたるシリーズですら、どれも日本ではマイナー洋ゲー扱いです(制作者の方いらっしゃいましたらゴメンナサイ…)。

一般にその理由としては、FPSが生まれたPCゲームの市場規模が、日本においてはコンソールゲーム市場に影響を及ぼせるほど大きくない事とか、あるいは「Motion Sickness(ゲーム酔い)」等が挙げられていますが、私はそこに、もう一つの理由、というか仮説を追加したいと思います。

それは――「日本人は3D Free Roaming Exploration(3次元空間を自由に探検する行為)を好きではないのかもしれない」という説です。

 あれは今から5年前。私が、Insomniac Gamesと一緒に「スパイロ・ザ・ドラゴン」というゲームを制作していた頃、私達の頭を悩ませていたのが、まさに「ゲーム酔い」です。私達はゲームを制作する上で、ユーザーテストからのフィードバックを何よりも重視するのですが、スパイロを日米欧同時にテストすると、日本でのみ必ず、かなりの割合の人間がめまい眩暈や吐き気を訴えていたのです。

――いやもう大変でした。原因を調べようにも参考になる文献は見つからず、人種的生理的な違いに拠るものかと思いきや、アメリカに転勤した日本人家庭の子は酔わなかったりと、現象に法則性すら観られない。私達は、原因の解明を諦め、カメラの改良に集中する事にしました。偶々、私がゲーム酔いしやすい体質だったので、自らを実験台とするのは無論の事、「人体実験は止めてください」と非難されながらも試作カメラのテストを敢行したり、酔ったプレイヤーのビデオを数十時間、私自身も吐き気を堪えて精査したり…。

 最終的に私達は、「日本人の90%以上が酔わないカメラ」を完成させ、ソフトをリリースしたのですが――今から考えると、一つの問題に囚われるあまり、その奥に潜む真の問題に気付かなかったのかもしれません。
スパイロは「ルート探しの楽しみ」を企図したゲームなのに、発売後の意見では、なんと「ルート探しが面倒」「マップで指示してほしい」という意見が非常に多かったのです。それも日本でだけ! 欧米では、そのゲーム性が受け入れられ、大ヒットしたのですが、日本でのセールスは惨憺たるものでした。

 聴衆の皆さん。私は同様の例をいくつも挙げる事ができます。トゥームしかり、ジャックンしかり、あのMGSですら、そうなのです。FPSが受け入れられなくても仕方ないと思いませんか?

この回は、たしかロンドン出張の時に書いたはず。
その時に感銘を受け、書いたプロフィールがコレ。

つるみろっぴゃく●今、眼鏡っ娘の本場・ロンドンに来ています。つうか、「ロンドンに来ずして眼鏡っ娘を語るな!」と、そんな趣味が無かった人間ですら「青年の主張」したくなる程、萌えます。恐るべし大英帝国。

なんつうか、ハリー・ポッター君とハーマイオニー嬢を足して2を掛けたようなコがゴロゴロしてるんざますよ。

そして、「昔は眼鏡っ娘だったんだろうなあ」っておばちゃんが!

ゴロゴロと!

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2003年02月14日

嘘六百・第18回/「GDC」(3)

今回もGDCで講演する内容の準備稿です。
(詳細はこちら→www.gdconf.com

前回の続きは、久夛良木社長に対する非難が含まれていたために自主的に没としたので(謎)、今回は少し話題を変えます。

 ここ数年、世界のゲーム業界を俯瞰している身からすると、どうも日本のゲーム制作のレベル自体が凋落傾向にあるのではないか、という危惧を感じています。特にプログラミングおよびプロジェクトマネジメントの分野において、です。
こう云うと日本の方々はショックを受けるかもしれませんが、聴衆の皆さんに日本人は少ないようなので、正直に云ってみました(笑)。

日本のレベルが下がっているというよりもむしろ、日本以外の制作会社、つまり聴衆の皆さんのスキルレベルが上昇していると云った方が正確なんですが、いずれにせよ相対的に日本が凋落傾向にある事には変わりはありません。日本以外では、GDCのような公開の場や、またGame Developer Magazine等によって、制作技術の情報交換が頻繁に行われていますが、日本では未だに徒弟制度によるノウハウ伝授が一般的なのが、その理由の一つと云えるでしょう。
セガ等も分社化によって技術交流におけるスケールメリットを手放してしまい、それを補おうと他社と合従連衡を行っているほどです。トップガンチーム(優れたチーム)は多いのですが、それが市場規模に見合う量のゲームを供給しているかというと、かなり疑問なのが現状です。

さて、そのトップガンチームが何をしているかというと、「お得意様商売」で手一杯なんですね。

例えば、友人のマーク・サーニーが先日、日本市場をこう評しました――「日本で売れてるのは、RPGとガンダムだけデスネ」。ここで云う「ガンダム」とは、広い意味での「版権/ブランド/続編物」だろうと私は解釈していますが、まさに指摘通り。昨年度の日本市場での売り上げトップ10を眺めれば判りますが、続編/キャラ物以外は1本たりともランクインしていません。ここ2年程の間に、日本市場は急速に保守化してしまったと言えるでしょう。そして私は、こうした保守性が、日本市場の縮小と連動しているのではないかと診ています。

古くはシューティング、近くは対戦格闘ジャンル等において、お得意様に向けた続編商売を続けていく内に、縮小再生産から凋落に陥ってしまった例は枚挙にいとまがありません。日本市場はまさに、危機の淵に立っているのです。

つまり――そうです、皆さんにとっては、今が日本市場に食い込むチャンスなんですよ!

ゲームのファンサイトや雑誌のレビュー等を読むと、依然として新規性の高い斬新なゲームを望む声が大きい。そりゃそうです、「新しい体験」こそがゲームの肝。でもね、日本の制作会社には残念な事に、新しいチャレンジに費やす体力がありません。あったとしても、一線級のチームは割けません。日本を視野に入れたワールドワイド・タイトルを目指す意味が、そこにあるんです!

(俺は売国奴か…と思いつつ)以下次号!

本文アタマで触れている「久夛良木SCEI社長に対する非難」ってのは、「何故ラチェット&クランクは露出図版を日本向けに修正しなかったのか?」という話題。これについては、今書くとカッチョ悪いんで(笑)、次回作が成功したら(成功させるコトができたら)改めて書くことにする。

ま、それはともかく。
自分が見ている(決して狭くない)範囲での傾向として、日本のプログラマーの多くが、世界レベルをキャッチアップできていないのは、紛れもない事実。
仕事柄、新作ゲームのプロトタイプを見る機会が多いんだけど、正直、日本のチームが作ったプロトタイプは「ショボい」。これは、試作段階で十分な予算を注ぎ込めないという、日本メーカーのお寒い事情があるワケなんだけど、それにしても、商品力にまで影響を及ぼすほど「ショボい」と判断されるようじゃ、プロトタイプの意義がないワケで――「PS2はゲームが作りづらい」とか泣き言云ってる場合じゃないと思うよ。マジで。
だって、力のあるチームは、相当なモノを作ってるんだからさ。

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2003年01月31日

嘘六百・第17回/「GDC」(2)

 前回に引き続いて、GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)で海外の制作者に向けてスピーチする予定の

「貴方のゲームを日本で成功させる方法」
"How to make your game successful in Japan"

その準備稿。もう大盤振る舞いですよ奥さん!

 さて、地理的歴史的な理由から、日本人が一般に多様な人種を見慣れておらず、それが海外発のゲームキャラクターに不寛容なInsularism(島国根性)の遠因となっている事は、先ほど(前回)お話しした通りです…が、実は、もっと直截的な原因も存在するのですね。

それが今回説明する――今や世界の共通語となった「MANGA(漫画)」「Japanimation(アニメ)」なのです。

 日本ほど漫画とアニメが市民権を得ている国はないでしょう。手元の資料によれば、日本の漫画市場は米国のなんと約20倍! それもそのはず、3~5百ページ程の漫画週刊誌が数十誌、それぞれ数十万から数百万部ずつも、毎週毎週発行されているのです。世界中の漫画の大半は日本で生み出され、消費されているといっても過言ではありません(インドの映画産業のように)。

そして特筆すべきは、日本における漫画読者の平均年齢が諸外国に比べて著しく高い事。1960年代後半に成年層を中心とした漫画ブームが起きて以来、大半の日本人は、年齢を重ねても漫画から卒業する事なく読み続けており、例えば電車では、スーツ姿のビジネスパーソンが漫画を読みながら通勤する姿が、当然のように見られます。
かくいう私も、子供の頃から30年以上欠かさず、毎週6000ページ以上の漫画を読み続けていますが、これも日本人にとっては突出した数値ではありません(あ、やっぱ突出してるかも…笑)。
アニメについての詳細は割愛しますが、同様に考えてもらってよいでしょう。

――で、それが何を意味するか?
一口に云うと、日本人――漫画の読者層はゲームのユーザー層を包含しているので、我々の顧客と言い換えられるのですが――には、漫画(およびアニメ)というアートスタイルが拭いがたく染みついていて、キャラクターの好悪を判断する上でも、漫画・アニメを基準としがちなのです。

 日本における漫画・アニメの「週刊」という量産を前提とした発行形態は、特殊なアートスタイルを確立しました。それは、高い記号性――と言えば聞こえはいいのですが、要は省力化(手抜き?)です。キャラクターを描き分ける手間を省いて装飾や髪型だけで差をつけたり、表情を描かずに「汗(giant sweatdrop)」や「怒(popping vein)」などの漫符(形喩)で済ませたり、という手法です。

これの善し悪しはともかく、こうした手法のアートに慣れ親しんだ日本人にとっては、「キャラクター」=「好ましいベースキャラクター(実は特徴が無くとも良い)」に「他者と異なる記号(装飾)」を載せた物だという事は覚えておいてください。例えば、本来記号化されるべき「瞳」がリアルに描かれるだけで「西洋的だ」と嫌悪感を示す人間も多いですし、また、記号によってではなくベースキャラクターのフォルムによって他者との差別化を図る手法もまた、日本市場では必要条件を満たしていないと判断される危険性があります。

以下次号!

この間、「イアラ」という楳図かずおの漫画を読んでいたら、とあるコマで、子供の頃に立ち読みしていた記憶がフラッシュバックした。

これって、俺が4歳の時にビッグコミック誌で不定期連載されていたモノだから、つうコトはつまり、俺って4歳の頃にビッグコミックを立ち読みしてたワケよ。

ありえんでしょう、4歳にしてビッグコミックを立ち読みする幼児(笑)。
でもこれはマジな話。
俺が、今の仕事が出来ているのも、漫画読みというセカンドスキルのおかげだと思う。

ところで、日本の漫画市場ってやっぱり不思議。市場規模はこれほど大きいのに、日本人に許容されるベーススタイルのパターン数って、それほど多くないんだよね。

言葉を換えると、大半の漫画家が「自分のスタイル」だと思っている絵は、漫画文化を見慣れていない人間(たとえば外人)にとっては、誰かのコピーに毛が生えたようなモノでしかないんだよね。「青木雄二スタイル」を例にとれば解りやすいかな。全部同じに見えるでしょ?

連載時に榎本さんが「なんでアメコミの顔は皆んな同じなの?」と疑問を呈していたけど、アメコミを読み慣れてると、例えば同じスパイダーマンでも、RomitaとDitkoは違うし、ましてやMcFarlaneなんて全然違う。つまりはソレと同じコトなワケですな。

いや別にソレが良いとか悪いとか云うワケではなく、日本では、少なくとも半数以上の作品は、個々の漫画のアイデンティティはスタイルではなく、記号性であったり、ストーリーであったり、そういうモノによって成り立っていますよ、っていう単なる「事実」。

確かに中には、スタイルだけでなく、ストーリーも記号までも借り物で、「オマエは漫画家を名乗るんじゃない!」という漫画描きも多いんだけどね…。

というワケで俺は、スタイルからテーマから、もう何から何まで、新しいモノを生み出そうとしている漫画家が好きなワケですよ。

榎本さんとか、ね。

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2003年01月10日

嘘六百・第16回/「GDC」(1)

 来年3月にカリフォルニアのサンノゼで開催される、ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス(GDC)でスピーチをする事になっちゃいました。世界中のゲーム開発者が一同に会し、最先端の開発ノウハウを披露する、毎年恒例のイベントです。

詳細はこちら→www.gdconf.com

ただし、参加者の大半は英語圏の方々ばかりなので、サイトは当然、英語。私のスピーチも、海外の開発者に向けたものになります。ちなみに演題は

「貴方のゲームを日本で成功させる方法」
"How to make your game successful in Japan"

そしてなんと今回から数回にわたって、スピーチの内容をドリマガ読者の方々に向けて特別に先行公開していこうかと思います! さて、その内容や如何に…!?

――皆さんご存知のように、日本は「世界で最もタフ(困難)な市場」として知られています。

日本発のタイトルが全世界で売れているのとは対照的に、海外制作タイトルは、一部の例外を除いて日本市場では受け入れられていません。これを日本語で「SAKOKU(鎖国)」と云います――そうです、SAMURAI ERA(江戸時代)にSHOGUN(将軍)が行った政策に由来する言葉で、極端に閉鎖的な市場を意味します。
しかし現在の日本にSHOGUNはいないので(GEISHAはいますが…笑)、これは政策的に行われている事ではなく、自然発生的にそうなっていると考えてよいでしょう。

――では何故「SAKOKU」が生じるのか?

その原因は、日本という国そのものに見出せます。日本では、1億人以上の単一民族=ほぼ同一の言語を喋り、身体的にも大きな差異の無い同一人種が、狭い島国に犇めき合って暮らしているため、人間関係での衝突を避ける傾向があります。「harmony(和)」と言えば聞こえは良いのですが、これは即ち異なる考え方を拒絶する偏狭さに他なりません。この偏狭さを、我々は自嘲的に「INSULARISM(島国根性)」と呼びますが(同じく島国のイギリスUKの方ゴメンナサイ)、例えば日本の学校では他人と「違う事」そのものがいじめの対象となるため、子供達は極力他人と嗜好を合わせようとします。そんな振る舞いが、子供層を中心とした「ポケモンブーム」の原動力となった事は、周知の事実です。

 更に、「同一人種」という点にも注目してください。日本人の髪は黒、瞳は茶か黒の濃色が圧倒的多数を占めています。実はここに、海外発のキャラクターゲームが(一部の例外を除いて)受け入れられない原因があります。大半の日本人は、多様な人種を見ることに慣れていないのです。厳密に言えば、黒い瞳以外から表情パターンを認識する事に慣れていない。
「ラチェット&クランク」でも、瞳のテクスチュアを暗くしたら、プレイ後のキャラクター好感度が上がったというデータがあります。色の薄い瞳のキャラクターは、感情移入の対象としては不利――むしろ、「偏狭さ」によって排除される対象として認識されてしまう恐れが大きいのです。

 ――さてここで、「ギャルゲーにはカラフルな瞳の女のコが多いじゃないか!」と反論する日本通の方もいらっしゃるでしょう。実はそれにも理由がありまして…。

以下次号!

アメリカ人はスピーチをする際に、必ず「会場を沸かせるジョーク」を入れるらしい。

じゃあ俺も、いっちょジョークを入れてやろうか…と思って考えたのが、今回の原稿の冒頭部分。「SHOGUN」とか「GEISHA」とか、良さそうでしょ?

ところがね、その前月にロンドンで、アメリカ人とインド料理を食っている時、この話をしてみたら、全然ウケないでやんの。ガッカリ。結局、本チャンではこの部分をカットして、ごく真っ当にやったのでした…。

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2002年12月27日

嘘六百・第15回ボツ版

さてさて、こちらが問題の「ボツ」版。

編集長による、「書かれている内容に根拠が薄い」
「制作者自体がこんなの書くのは格好悪い」
という判断からボツにされたんだけど――

ちゃんと反論してみんかい!
カッコ悪いのを承知で書いてるんじゃ!

 読者の皆さん榎本さん、初めまして! 山村モヘップ(12)って言います。今回はモロモロの事情から、ボクが書くコトになっちゃいました。1回限りのツタナい代打ですがヨロシクお願いしますねっ!

 で、イキナリでゴメンナサイなんですけど、正直、ドリマガさんには失望しちゃいました。ってのは、前号での「ラチェット & クランク」レビューの話。


ドリマガのレビュー、評価軸が少な過ぎません? つうか、点が低すぎません?

 あのですね、ゲームのレビューを「批評」だとアナタ方が言い張るんなら、そこには多面的な評価軸が必要だと思うんですよ。ゲームシステムとかのルールに関わる部分はもちろんのこと、ゲーム世界のアートワーク/サウンド/プログラム/シナリオ/キャラクター/それら全てを束ねるコンセプトワーク、などなど全部。で、各々の要素について、技術的に洗練されているか/斬新か/時流に乗っているか、といった複合視点で採点すべきだと思うんです。

 今回のラチェットって、ヒイキ目でなく客観的に見て、芋吉さんが(じゃなくて「六百さんが」ですね(笑))過去に関わったどのゲームよりも、色んな面で良く出来てると思うんです。取っつきやすいルールも、AIを使ったヒント出しも、迷わせないマップデザインも、60fpsで描かれた緻密な世界も、プロロジックIIサウンドも、アニメーションも声もメカも爆発も、全てが「プレイしやすさ」と「快感」に特化した「匠の技」って感じ(新規性は足りないかも)。――でもそういう部分はレビューでほとんど無視されてる…。


小難しいコトは無視して、キャラの好き嫌いだけで点つけてるでしょう?

 そりゃあ、好き嫌いは大切ですよ。実際、あるセグメント性別年齢層で第一印象が悪い、というデータはあるそうです。でも、メインターゲット層であるボクら低年齢層にはウケが良いというデータもあるんですよ! なぜかっていうと、ボクらは新しいスタイルに寛容だから。寛容でないのは、アニメやマンガで育ちきってしまった大きなお友達ばかり。ストライクゾーン許容範囲が狭くなってしまった彼らが声高に「日本人向けでない」と叫んでいる姿はまるで、戦前の修身教育を受けた方々が「若者の乱れは目に余る」と新聞に投書してるみたいで、頭がコーチョク化しちゃってる。

 確かにね、バイヤーズガイド的な意味から言ったら、ドリマガ読者層に好かれるソフトをプッシュするのは間違っていないと思いますよ。でもね、ただでさえユーザーさんに「今」ウケている定型だけをなぞった「媚びた」コンテンツが氾濫してるワケじゃないですか。そんな中、ゲームとしての各要素を正当に評価して、進化や進歩を促すような視点が無い「お得意サマ商売」なレビューだけじゃ、いずれ先細りになっちゃいますよ。ゲーム市場的にも、ドリマガ販売数的にも。


 ――なんちゃって、ボクみたいな子供が好き勝手言ってすいません。ホントに


「私が悪うございました」


久々のモヘップ君の原稿は、日の目をみませんでした(泣)。
つうか、いまだに「12歳」って一体……。

ともあれ、これ以来ドリマガのレビューには注目してるんだけど、はっきり云って「レベルが低いな」という印象は変わらない。まあ、編集者が想定する読者レベル(実際の読者レベルではない)が低いのかもしれないし、その場合は、俺がどうこう云える筋じゃないんだけどさ。連載を辞めるしかないだけで。

んでもって、この回のボツを契機に、「じゃあ読者のレベルを試してやろうじゃないか」と、Game Developers Conference原稿シリーズを始めるコトになったワケです、ハイ。

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嘘六百・第15回

 終わったよ。終わりましたよ。ええ終わりましたとも。ここ数ヶ月、私の心身を締め上げていた重い軛から、やっと解放されました! おめでとう俺! ありがとう俺! ビバ、マスターアップ!

 という訳で、この号が出ている頃には、「ラチェット & クランク」(発売中)を既に手に入れた方もいらっしゃるのでしょうが、原稿を書いている今日現在はまだ発売前で、やっと見本盤が出来上がってきたばかりだったりします。
届いたばかりのパッケージを開けると、焼き立てホヤホヤのDVD-ROMからは、まだホンノリと暖かみすら感じられ、なんとも愛おしい事この上なし。まさにこれが、俺達の滝汗と激涙と脳汁の結晶! 思わずパッケージを「勝訴」ばりに高々と掲げ、オフィス中を駆け回りたくなります。
「やりましたッ! 勝ちましたッ!」
――気付いたらホントに叫びながら駆け回っていた私です。普段だったらアレを呼ばれかねない所ですが、今に限っては、完成直後のごく一般的な振る舞いの範疇なので、みんな生暖かい目で見守ってくれてます。ああ、マスターアップって素晴らしい! もう、こんな生活しなくて済むんだ!


「こんな生活」とは?
――私は'96年以降ずっと、アメリカの制作会社と一緒に仕事をしているため、必然的にアメリカ出張が多くなる訳ですが、あらためてパスポートに押された判子を見返してみると、2泊4日の超短期出張の、なんと多いことか!

 例えばこんな具合です――泊まり続きの会社から、自宅に戻らず成田空港に向かいます。ノートパソコンをデイパックに詰め、ひどい時にはサンダル履きのそのままで。
すると、時差のためにアメリカに着くのも同日の朝。ホテルに向かわずに、そのままレンタカーで制作会社に直行します。そしてひたすら、チェックと指示を繰り返し、夕方頃にROMが焼けた時点でホテルにチェックイン。売店が開いてれば、そこで下着や靴下を入手できるのですが、大概は閉店後の深夜になってしまうので、泣く泣くバスルームで洗う羽目になります。はあ、今日も一日ツラかった――しかしそこで仕事が終わりではなく、ここからが私の本番なのです!

 部屋に入ったら、まず備え付けのTVセットの裏からアンテナ腺を外します。たいていプラスティックでカバーされているので、持参の糸ノコとニッパーでぶち壊します。もう手慣れたもんです(常習犯?)。そこにアメリカ仕様のRFモデュレータとデバッグ用プレイステーションPSを繋いだら、寝ずのチェックの始まりです。途中でノートパソコンを電話回線に繋ぎ、日本のデバッグ情報をダウンロードしたり、メールの返事を書いたりもしつつ、チェック、チェック、チェック…。あ、もちろん下着と靴下はバスルームで洗っておいてありますよ(という事は…?)。
もしここで問題が起きなければ、翌朝の便で東京に戻れるのですが、もし厄介なバグでも出ようものなら、飛行機を変更して、翌日も同じ事の繰り返し。

――頼むよバグよ出ないでくれ!


結論:こんな生活していれば、確かにマスターアップも嬉しかろう


 社内をひとしきり駆け回って疲れた後は、今度は見本盤を送る(贈る)という仕事が待っています。私はそれを「幸せ配達」と称していますが、社内で共に制作に関わった一人一人に手渡しして喜びを分かち合うのは勿論の事、声優さん全員に贈ったり、話題にしてくれそうな業界関係者や取引先に送りつけたり、そして余った部分をゲーム業界の古い友人達に送るという次第です。「俺は元気でやってるよ。こんなに満足いく仕事が出来たよ」という秘めたるメッセージを込めて。

ちなみに、今まで本連載で採り上げた大半の方には送ってます。送られてない方は、大至急連絡先を報せるように。また逆に言えば、見本盤は届いたのに採り上げられてないという方は、いずれ書きますので覚悟しとくように(にや)。

 こうして贈ったソフトに対して、後で感想が送られてくるのを読むのは、また格別です。律儀な人間は丁寧な礼状を添えてくれますし、もっと律儀な方は自分の関わった新作ソフトまで送ってくれます。こちらが催促した訳でもないのに! ああ、なんて善い人なんでしょう――

――石井さん「ブリンクス」ありがとうございます。Xbox持ってないけど、大事にしますね!(それじゃマズいだろう…)

――水口、「スペースチャンネル5」の1と2、どうもサンキュー! マイケル最高!

 それに比べて――「スイッチ」は、送られてくる気配すらありません。「ルーマニア」と一緒に送ってくれるつもりなんでしょうか牧野は。まあ、送られなくても全然気にしないんですが。

いえね、以前アリカの堀ちゃんに「ストリートファイターEXくれ!」と催促したんですよ。そうしたら、忘れた頃に送られてきたんです――「カードキャプターさくらテトリス」が。

まあ、何が送られてきてもありがたいんですが…でも…あまりと言えばあまりな仕打ち…。それ以来、催促するのは止めてます。確かに「テクニクビート」なんか送られてきたら大喜びなんですが…いやいや、催促なんてしてませんよ!


結論:ビバ、マスターアップ!


 また来年、同じ事するんだろうなあ…。

実はこの回、2度もボツ喰らっちゃったんだよねー。
マスターアップしたばかりで余裕があったから良かったんだけど、これがもし、修羅場のトキだったらと思うと…ガクガクブルブル。

ところが後に、俺が〆切を勘違いしてて、まるまる1週早く原稿を送ってたコトが発覚!
そうかあ、それでウメちゃんは、平気な顔で書き直しを要求していたんだー。ちきそー、ダマされたぜ。

ちなみに↑の原稿は、最終稿に2度目の原稿を加えたもの。マスターアップ直後の嬉しさが表現されている名文と云えよう、うむ。

あ、そうそう。「テクニクビート」は、めがちんから戴きました。「スイッチ」も、牧野から届きました。この場を借りて、お礼申し上げます。

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2002年12月06日

嘘六百・第14回

 ――私、只今、修羅場の真っ最中に居ます。

14年の制作者人生の中で、生命の危険を感じるほど忙しいのは、今回で2度目です。もう2ヶ月も自宅のベッドで寝ていません。睡眠のほとんどが、机に突っ伏して細切れに数分間「気絶」するだけという極限状況。そのため、1日に数十回~数百回も夢を見ます(よりにもよって、仕事している夢を!)。それはあたかも、夢と現実(うつつ)の2つの人生を並行して生きているような感覚(錯覚)で、誇張ではなく、自分が今、寝ているのか起きているのかすらおぼつか覚束ない状態です。前号に私へのインタビューが載っていましたが、モーロー朦朧とした顔写真がその証し。

今週のメモ:これが、ゲーム業界のごく一般的な労働条件です(本当)。


――でもね、こういう時ほど出るんですよ、「火事場の馬鹿力」的な、凄いアイデアが!


 さて前回、「クソゲー力(くそげー・ぢから)」について触れたところ、思わぬ反響がありました。大別すると、「解る解る!」という肯定的な反応と、逆に否定的な揶揄・疑問・無視などの反応。でも、私は敢えて断言します。呼び方はどうあれ、「開発中のゲームをつまらなくしようとする見えない力」は在る、と。それを感じた事のない人間は、よっぽど幸運な人か、単なる下っ端(ぺーぺー)か、あるいは――制作者として不適格か。

 例えば、あの宮本茂さんでさえ、「マザー3」開発中止を発表した際に「ゲームなんて、本当は完成しないものなんですよ」と仰られていたと記憶します。私はその発言の裏に、クソゲー力と同種の考えを受け入れる宮本さんの姿を見ました! そして、こうも思ったものです「ああ宮本さんも我々と同じく、クソゲー力に対して足掻いているのだなあ――そして屈する場合もあるのだなあ」と。


 「クソゲー力」という概念の提唱者である海道賢仁氏は私の旧い友人で、最近では「ICO」や「サルゲッチュ」で重要な役割を果たしていますが、古巣のタイトー時代には「ぱぱら快刀」と称して、「ソニックブラストマン」「キャメルトライ」「ナイトストライカー」など、様々なジャンルで名作を生み出した、一種のオールラウンダーと云える才人です。
そんな彼の特長を一言で表すなら――「いつも眠っている」これに尽きます。

 彼の職場に行くと、椅子にもたれて起用に寝ています――いつも決まって!
 彼が運転する車に乗ると、運転中に眠ってしまいます――いつも決まって!

 私は海道が、小説家の阿佐田哲也氏などと同じく、嗜眠症(ナルコレプシー)なのではないかと診ています。これはいわゆる「居眠り病」で、時と場所を選ばず瞬間的に眠ってしまう睡眠障害。そして特筆すべきは、覚醒状態から即座にレムREM睡眠=大脳が活動して「夢を見る」睡眠に移行すること。
即ち――私が今味わっている修羅場を、海道は常に味わっているということです!

なるほどそれなら、海道が凄いアイデアを出すのも当然。だって、彼の脳は常に「臨戦態勢」なんですから。

教訓:極限状況で凄いアイデアを出せ!


新宿のタイトーステーション(ゲーセン)でのロケテストのトキ、ゲーム筐体の椅子で居眠りを始めちゃったのが監視カメラで記録されていて、タイトー社内で話題にされた話とか、海道の居眠り話は枚挙にいとまナシ。

例えば、仲間内では有名な話だけど、あらためてここに書かせていただくと、彼の運転でドライブへ行ったトキのコト。深夜に高速道路を走っていたら、なんだかクルマがフラついてる。ルームミラーで海道の顔をみると、目が半開きの仏顔。やばいかな?と思っていたら、しまいには蛇行を始め――

――他のクルマに突っ込んで行こうとするじゃないの!

相×「海道、危ない!」
海道「…今のマジでヤバかった…」

このトキだけの話じゃなくて、毎回こうなのね、実は。
例えば、ミソカツでも食い行っかー! とか云って、ふらり岐阜にドライヴしちゃうトキでも、ラーメンでも食い行っかー! とか云って、ふらり喜多方にドライヴしちゃうトキでも、蕎麦でも食い行っかー! とか云って、ふらり戸隠にドライヴしちゃうトキでも。

ちなみに、海道はウチの母親にウケが良いです。一度だけしか連れていってないのにねえ。母性本能をくすぐる何かがあるのだろうか?(笑)

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2002年11月22日

嘘六百・第13回

前回に引き続き、マーク・サーニーの話。
彼はデザイナー企画としてもプログラマーとしてもAクラス級の腕を持っていますが、彼の凄いところはそれよりなにより、ゲーム制作で最も大切な能力が抜きん出て優れているところです。いったい何でしょう? それはズバリ、「問題解決能力」です。

 ゲーム制作は労働集約産業なので、才能(タレント)を投入しなければ成立しません。そのプロジェクトに投入する才能の総量(近似値として「人件費(コスト)」に換算可)が、品質の最大値を決めるのは当然の事。しかし一方でそれは、ポテンシャルとしての「目標最大値」に過ぎず、最終形の製品が必ずその質に達するとは限りません。むしろ、プロジェクトを進めていくと、ゲームをつまらなくさせようとする、有象無象の「見えざる手」の力によって、最大値に達しない事の方が圧倒的に多いのです。
そんなゲームをつまらなくさせる逆風を、友人の海道賢仁氏が「クソゲー力(ぢから)」と命名したのは世間によく知られるところですが、あたかも重力のように偏在するクソゲー力に逆らい、ゲームを高く高く飛翔させるためには、絶え間ない「問題解決」こそが重要なのです。


あれは、「クラッシュ・バンディクー2」を作っていた頃だったでしょうか。当時の私は、日本で行ったユーザーテストの集計表データを睨みつつ、総計100時間以上にも及ぶプレイビデオをチェックして、日本ユーザー固有の問題点を抽出しようと躍起になっていました。総合プロデューサー&ゲームデザイナーであるマークの指示によって、です。特に手間がかかったのは、白地図の上にプレイヤーが特異な行動を示した点(「死んだ場所」等)を全てプロットし、その分布が偏りを示す場所を拾い上げる作業でした。その「砂漠の砂粒を数えるような作業」には、正直うんざり。しかし、さらにうんざりなのが、そのデータを基にマークと議論する事だったのです。

 日本時間で夜中の2時は、アメリカの出勤時間。前日に送ったデータに目を通したマークから電話が入り、壮絶な議論のゴングが(ベルが)鳴ります。
やれ日本ユーザーはこの仕掛け(チャレンジ)の認知が弱いだの、このトラップはアンフェアだの、こう変更しよう、いやそれは修正のコストが見合わない! 本当にデータは正しいのか? 苦労して作ったデータだから間違いはない!
――いつも意見は衝突し、喧嘩スレスレになるのが常でした。いや、たいていはマジ喧嘩になり、「マークのガチャ切り」で終わったものです。信じられますか、国際電話で、仕事の電話で、怒って「もういい、ガチャン!」なんて!

 しかし、そこからが凡人とは違います。ガチャ切りから30分後きっかりに、決まってマークから再び電話があるのです。
「さっきの件だけど…」より優れた解決案を携えて、電話を掛けてくるのです…必ず! これまた、信じられますか? どんな難問でも、30分きっかりで最高の解決案を見つけだす、マークの問題解決能力!

 ――その結果どんなゲームが完成したかは、皆様が御存知の通り。

教訓:ガチャっと切って、ピカっと閃け!

これが「天才」というものなんですなあ。

マークとの仕事では、とにかくクラッシュ2の印象が強烈だったなあ(遠い目)。つうか、今までのキャリアの中で、クラッシュ2ほど面白い仕事はなかったと思う。

喉元過ぎればナントヤラ、というやつかも(笑)。

たしかに、いちばん売れたのはクラッシュ3だけど、傑作は「2」。たまに、「クラッシュ2がいちばん傑作でしたよねー」と云ってくれる人がいるけど、もう無条件で「この人はゲームを見る目がある!」って思っちゃうもんね。

ところで今回のエピソードは、前もってマークに「書いてイイ?」と確認したトコロ、「ダメデス」とNGを出されたものだったりする(わはは)。

でもね、このエピソードほどマークのパーソナリティを表してるものはない!という勝手な判断により、掲載させていただきました(汗)。

このページをマークが読みませんように…。


マークに見られてしまいました!

最初は、単なる個人WEBサイトの記事だと思われていたらしいんですが、後に、雑誌に掲載されたモノだと知られてしまい、かなり怒られましたとさ(汗)。

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2002年11月08日

嘘六百・第12回

 なんと前号(10/11発売号)に、私がプロデュースしている「ラチェット&クランク」の記事が、早くも載ってましたねえ。言ってくれれば合わせて書いたのに!
 ――でも、10月某日に雑誌社へ資料を出したのが、11日発売号にもう載ってるとは…(速いよ編ウメちゃん!)。

 まあ私は「パブリシティ権」を持たされていない雇われの身なので、この話はこれ以上ツッコミません。その代わり、今回の発表に合わせて、ここ数年ずっと一緒に仕事をしている、盟友マーク・サーニーについて書くことにしましょう。

 ところで、マークの事は御存知ですよね? 若干13歳ながら飛び級で大学に入り、在学中にアタリで「マーブル・マッドネス」等をほぼ独りで作り上げた後、セガで「ソニック2」、UIS(ユニバーサル・インタラクティヴ・スタジオ)で「クラッシュ・バンディクー」等を立ち上げた、ゲームデザイナーにしてA級プログラマー。「天才」の名を恣(ほしいまま)にしている、USゲーム業界キーマンの1人です。

 私はセガAM在籍当時、旧本社ビル7Fの、鈴木久司本部長(当時)の席の近くに座っていました。なので、鈴木さんを訪問する方々は必ず、私の席の横を通っていったものです。アイルトン・セナにアラン・プロスト、マイケル・ジャクソンに石井竜也、セガが華やかなりし頃は、それはもう、様々な有名人・お偉いさん達が私の身体の上を傍らを通り過ぎて行きました。そんな中に、鈴木久司さんと仲の良いマークも居たのです。

 私は、当時としては珍しい重度のスパイダーマン・マニアで、アメリカから輸入した「the Amazing Spider-Man」最新号を、いつも机に飾るほどでした。それに目を留めたのが、通りすがりのマーク。彼はX-MENマニアで、まあ共通の話題=アメコミをきっかけに、徐々に打ち解けていったという次第。で、私は彼を知れば知るほど、彼の勉強っぷりに舌を巻くようになりました。
彼は生粋のアメリカ人なのですが、日本語が、見る見る間に――それこそ、週単位で上達していたのです! 常に単語カードを持ち歩き、「今週は○○語覚える」「この半年で◎◎語覚えた」という、非常にシステマチックな勉強方法を採り、しかも、覚えた事は忘れない。彼が日本を離れる頃には、ヘタな日本人よりも日本語達者、そして日本文化通になっていたのです。

 例えば、こんな話があります。マークと飲んでいた時(彼曰く「のみゅにけーしょん」――オヤジギャグだ――)、ふとした拍子に「漢字の書き順」についての議論が始まりました。いわば「日米漢字書き順対決」。私も日本語には些か自信があるので、これは母国語人(ネイティヴ)として負けられません。しかし、普通は有り得んでしょう、「凸」や「凹」の書き順で争うアメリカ人なんて(笑)。
――まあ結果は私の勝ちだったのですが、といってマークが負けた訳ではなく、彼は完璧でした。ただ残念なことに――なんと彼の教科書自体が誤っていたのです! そんな細かい誤植まで、何故覚えてますかッ!?

教訓:努力する天才、これ最強。


 ――ゲームネタへ移る前に字数が尽きてしまったので、次回に続きます。

96年頃、佐藤明さん(SCEJチェアマン)に「おい、マーク・サーニーって知ってるか?」と会社で訊かれたトキは、むちゃくちゃビックリしたもんだ。

当然覚えている。セガ時代に知り合った、すげえガイジン。

彼がSCEアメリカを通じて売り込んできたソフトが、まさに「クラッシュ・バンディクー」で、それから今に至るまで、ずーっと一緒に仕事してるってんだから、「縁」とは異なもの味なもの、ですな。

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2002年10月25日

嘘六百・第11回

 ドリマガの総合誌化を記念して(嘘)前回初めてセガ以外の人間について書きましたが、今回も引き続き、セガ以外の人間を題材にします。題して「ゲーム業界一の酒豪」のお話。それは…元ナムコ、現スーパースィープ代表の"めがてん"細江慎治氏です。以上!

――と、いきなり話が終わってしまいましたが(笑)、それも仕方がありません。何故なら、彼以上の酒豪というのは生理学的に有り得ないからです。
 一般に、成人男子の循環血液量は、体重1キロあたり約80mlとされています。そして血中アルコール濃度が400㎎%(血液100ml中のアルコール量)を越えると、昏睡、屎尿失禁、死亡等に至ります。つまりヒトは[体重×320㎎]程のアルコールで死んでしまうのです!

しかるに、めがちん(私はそう呼んでいます)が好んだ「ズブロッカ」という蒸留酒(スピリッツ)は、アルコール度数が40度。1本が500mlなので、アルコールの含有量は、約200g。これは、モーリング博士の『血中アルコール濃度と酩酊状態の推移』によれば、1時間以内に1本半を空けると、「昏睡期」に達し、死に至るという凄まじいアルコール量です。
めがちんは、それを一晩に数本空けていたというのですから驚きます。そして彼は、毎日毎日仕事の合間に、いやさ仕事の最中にも、飲んで飲んで呑みまくる。そして寝ない。乱れない。これはもう、業界一の酒豪と呼んでも異論は出ないでしょう。


 めがちんが、ナムコでリッジレーサーシリーズの曲を作っていたのは、テクノ系のクラブが隆盛を誇っていた時代でした。我々遊び仲間は、よく連れだって踊りに行っていたものです。とはいえ皆んな忙しい身ゆえ、徹夜仕事の合間に抜け出して行くのが常でした。平日の午前1時頃(!)に麻布で集まり、明け方までひと踊りしてから、それぞれ会社に戻って仕事を続けるという寸法。私などはプロジェクトを1本抱えていただけなので、まだ時間の遣り繰りのしようもあったのですが、売れっ子の彼は複数のPJに大量の楽曲を提供していたはずです。どうやって時間を作っていたのでしょう?

 疑問はそれだけに留まりません。彼は同時期に「趣味で」、伝説のテクノポップバンド「まにきゅあ団」の団長様として、楽曲を作りライヴをこなしていました。その上、やはり「趣味で」トルバドールレコードというインディーズレーベルを主宰して様々なゲーム作曲家とのコラボレーションCDを制作し、おまけに「趣味で」ナムコ未来犬ネットという草の根BBSを管理し、アクティヴなネットワーカーとして活動し、ゲーマーとして洋ゲーにハマり、その合間に(最中に?)大量のアルコールを消費する…これ、本当に一人の人間の活動量ですか!?

 信じられない活動量。有り得ない酒量。驚くべき作曲量&クオリティ。彼を見ると、これもまたゲーム開発者の正しい資質(ライトスタッフ)であり、自分も、もっと身体を酷使しなければなあ、と思ってしまうのですが…これって危い考えですかねえ?

教訓:活動せよ! そして呑め!


いやあ、この回を書くのは難儀したよ。書いても書いても、めがちんの実像に迫れないっつーかなんつうか。事実を連ねて凄みを出そうとしたんだけど、それには誌面の量が足りない(汗)。だいたい、今までメディアに出過ぎてるんで(笑)、何書いても「今更感」が漂うし。

いっそ、めがちんがナムコから「ナムコ時代の経歴は無かったコトにしろ!」と要求されたという驚愕の事実について書こうかとも思ったんだけど、それもpoliticaly incorrectな感じがするし――。
(つうか、今ここに書いちまってるけどね、わはは)

正直、この回はツラかったです、ハイ。

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2002年10月11日

嘘六百・第10回

 ゲーム業界は「一人またげば皆んな知り合い」と云われる程の狭い村社会で、別メーカーの友人と呑みに行ったり、友人の伝をたどって転職したりと、人的交流が盛んです。業界外の人間は、それを引き抜きだのと囃しますが、内部の人間は決してそうは思っていません…。


 私はセガに勤めていた当時、横浜に住んでいたのですが、何の因果か毎週末、同じく横浜のタイトー寮へ、泊まりがけで遊びに行くのを常としていました。タイトーの寮に、セガ社員の分際で潜り込み、夜を徹してビデオを観たり、麻雀をしたり、飲んで騒いで「スト2」をして――そこは同年代のゲーム好きが集う、一種の「若衆宿」だったのです。

 寮のメンバーで、私と最も仲が良かったのが、堀ちゃんというプログラマー。彼は「エグゼドエグゼス」でシューティングSTGに目覚めて以来、タイトーで「ガンフロンティア」「メタルブラック」など名作STGのメインを務めた程の凄腕です。
 そして私は彼に対して、ある邪(ヨコシマ)な考えを抱いていました――

「堀ちゃんをセガに引き抜きたい!」と。

 いや「邪」ではありません。私は企画屋として純粋に彼の実力に惚れ込み、彼と一緒に仕事をしたいと想っていたのです。

 私は堀ちゃんを掻き口説き、ついには彼の同意を得る事に成功しました。タイトーを辞めてセガに移籍る。ただし、今の仕事を整理して辞めるには、しばらく時間はかかってしまうだろう。
 私は一も二もなく待つ事にし――しかし土壇場で気を変えられないよう、私の家の近く、即ちセガへ通い易い場所に引っ越して貰う事にしました。


 さて、とある週末。新宿で「スト2ターボ」がロケテストを行っているとの情報が舞い込み、スト2好きの堀ちゃんと私は、軽い気持ちでコマ劇場そばのゲーセンへ見物に行ったものです。山のような人集り――そこで私は数年ぶりに珍しい人と会いました。ライター時代に顔見知りの、カプコン岡本吉起さんです。

 久しぶりの再会を祝し、我々は飲みに行く事になりました。もちろん初対面の堀ちゃんも同席しています。行きつけの居酒屋へ上がり込み、旨い日本酒をや飲りながら、ゲーム業界の四方山話に花が咲き、すっかりデキ上がった3人組――しかし私がトイレに立った隙に、岡本さんは堀ちゃんに言ったのでした。

「なあ、カプコンに来いひん?」


 堀ちゃんは、セガへ入らず、カプコン(大阪)に行ってしまいました。そして「X-MEN」等を作った後、NIN西谷氏らとアリカを興し、現在は取締役としてソフト部隊を率いています。しかし、もし――もし、スト2ターボのロケテに行かなければ。もし岡本さんに会わなければ。もし飲みに行かなければ――いや、これこそ「運命」というものでしょう、「エグゼド」好きで「スト2」好きの堀ちゃんが、「エグゼド」を作った岡本さんに「スト2」のロケテストで出会ったのは。

教訓:岡本さんには気をつけろ(笑)

タイトーの寮「アップルメイツ」については、同時期、同じ場所に居合わせた人間は、皆んな同じ感傷を抱くと思う。文中で書いたけど、まさに「若衆宿」。
ある部屋では麻雀の卓が立ち、ある部屋ではスト2の対戦が繰り広げられ、またある部屋では、綱島「松井レコード」で仕入れられたLDの鑑賞会が、50インチのプロジェクターで行われ――。そして呑む、呑む、呑む。

ちなみにスト2の基板は、US版のROMを解析して日本版に改造したもので、そこにタイトーのグラフィッカーが使っていたツール用コンパネを繋いで遊んでました。

で、岡本さんだけど、このネタでずいぶんとメシを奢ってもらったから、もう怨んでないかも(笑)。つうかアノ人なんか憎めないんだよねえ――。

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2002年09月27日

嘘六百・第9回

 私、「ゲーム業界最速」目指してます!

ゲームの話じゃないですよ、マジ車のお話。先月末も、福島のエビスサーキットで12時間耐久レースに出場し、表彰台に乗ってきました。この原稿を仕上げた翌々日も、筑波でレースに出ます。前回は「ポールto最後尾」(笑)で涙を飲んだので、今回は表彰台狙ってます。
――って、いつ仕事してるんでしょうね、私…?


 以前書いた中裕司さんもそうですが、サーキットで会うゲーム業界の人間は、圧倒的に「セガ系」が多いように思います。私的ランキングによれば――

  第1位:浜垣社長(元気)
  第2位:中社長(ソニックチーム)
  第3位:“ささっきー”佐々木社長(セガ・ロッソ)
  (※ポリフォニー・デジタルは除く)

――といった次第。御存知でしょうか、元気の創立メンバーは現AM2からのスピンアウト組で、浜垣氏も元セガ。つまり、上位3人が全員「セガ系」なんです。そう聞くと、先日の「元気が富士スピードウェイを貸し切った」というニュースも、納得できること請け合いですね。

 しかし、ここまでセガ系が多いと、セガという会社には、車好きの「スタンド」を発現させる尖った矢があるとしか思えません。きっと、7F仮眠室で寝ている隙に、貫かれてしまったんでしょうね(覚えはありませんか、裕さん?)。そういえば、業務用の開発部門では一時期、ホンダの最高峰スポーツカー・NSXを会社が所有し、社員に貸し出していた事がありました。私はその頃、取消になった免許を取り直したばかりだったため、借りる資格が無くて大変悔しい思いをしたものですが、そんな非常識な福利厚生はセガ(とホンダ?)以外には有り得んでしょう。ホンダ出身の入交さんも、そんな車好きのスタンドに惹かれて、セガに来たのではないかと推測しています。「スタンド同士は惹かれ合うのだッ!」という訳です。


 それにしても、先ほどのランキング、上位者は見事に「社長」さんばかりが揃っていますね。やっぱり、社長にならないと最速は目指せないんでしょうか? レースゲームを作りつつ、会社の仕事でサーキットを貸し切るぐらいしなければダメなんでしょうか?
――確かに、車道楽は半端じゃなくお金がかかります。中さんがフェラーリ360スパイダーという超高額車の優先購入者に選ばれた、という話をWEB上で発見したりすると、「やっぱり社長かなあ」と、ため息をついてしまいます。でも…車にお金をかける事と「速い」ことは別だと思いたい…それが貧乏人の僻みだとしても。

いや実際、少なくとも浜垣さん以外とは、勝負しても負ける気がしません。つうか中さん、ささっきー、なんなら勝負してみませんか? 中さんのロータス・エクシージと、ささっきーのシビック・タイプR(まだ乗ってる?)と、私のMR-S、たぶんイイ勝負すると思いますよ

告知:「我こそはゲーム業界最速」という方はメール下さい。受けて立ちます!

 ――と挑発してみるテスト(にやり)。

この原稿が掲載された後、中さんにゲームショーで会ったのでありました。開場前にセガブースを見に行ったトコロ、ばったり出くわしてしまい、連載についてチクリと云われるかな?とビクビクしてたのだけれど、云われたのは「スパイに来たんか!」と、またもや見当はずれの子供っぽいイヤミのみ(笑)。どうやら、この連載は読んでないみたい。

これからも書き放題だね(笑)。

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2002年09月06日

嘘六百・第8回

 第6回で牧野ウェーブマスター社長を採り上げた際に、ランドホーの近藤智宏氏についてもチョイと触れましたが、偶々その号に「スペースフィッシャーメン」の記事で近藤本人のインタビューが載っていて、ちょいと吃驚しましたよ。牧野が「ヘビ蛇の眼を持つ男」と呼ばれていたのに対して、近藤は「子供の顔に大人の醒めた眼を持つ男」と呼ばれていましたが、記事の写真は(髭こそあれど)往事とまったく変わらぬ童顔っぷり。今回は、その頃を懐かしみ、近藤にまつわるあるソフトの制作秘話なぞを記してみようかと思います。


 あれはサターン立ち上げの頃でしたか。同期のコンシューマ近藤プロデューサーが、当時アーケードに居た私に、珍しく電話をくれました。
「新しい企画についての意見をくれ」
 近藤は、二木(ふたつぎ)という名の若い企画マンを連れてきました。彼の企画を近藤がプロデュースしているんだとか。

 二木の立てた企画の内容は、装甲をまとった竜に乗って操縦するフライトシミュレータ要素と、360度ガンシューティング的要素を融合させた、野心的なもの。しかし企画書を見た私は、正直、「あちゃー」と思いました。悪い意味で。

 当時、我々AM部署に伝わっていた「ゲームデザイン的金言」によれば、このような異なるゲーム性が混在する「モードゲーム」は「労多くして実り少なく、避けなければならない」とされていたのです(ちなみにこれは、先輩である内田刑事長が「エイリアンストーム」の制作後に遺した言葉です)。当時、セガAM内部には、このような「口伝」の形で、様々なノウハウが蓄積されており、そうした経験則の蓄積こそが、「歴史ある大手メーカー」の製品クオリティを保持する役を担っていたのです。

 ともかく、モードゲームは「倍の労力をかけて、やっと各モードが面白くなる。しかも各モードの面白さが打ち消し合うため、実感としては4倍の労力が必要」と言われていたので、いくら企画書が面白くても、「実際に完成させる事は出来ないだろう、殊に若い企画マンでは」と私は診てしまいました。それ故の「あちゃー」だったのです。

 しかし、鼻っ柱の強い企画マン・二木は反発しました。「絶対、作って見せます! 賭けてもいいですよ!」。
 そして私も乗りました「じゃあ、何を賭けよう。高い飯…鰻なんかどうだ? よし、賭けは成立!」


 さてその後、私は賭けに無事負けて、そのソフトは完成・大ヒットとなったのでした――それが、初代「パンツァードラグーン」だったりするわけです。

 もちろん二木だけの力ではなく、デザイン部隊・ソフト部隊の尽力も、ひとかたならぬものがあったのでしょう。でも、あの時の二木と、それをプロデュースする近藤には、いわゆる「大手メーカーの『ノウハウ』」を超越えた、無闇矢鱈な何かが、確かに、ありました。それを一口に言うなら――セガ社歌のタイトル「若い力」なんですが。

教訓:ヒットのために、鰻を賭けろ!

この回は、編集のウメちゃんにはウケが良かったみたい。なんでも、ヒット作の隠れたエピソードと、ゲームデザイン現場のノウハウが、ほどよくミックスされているかららしい。
そういえば、「げんしのことば」を完成後にSCEを去った二木に、どこかのショーで会ったトキも「読みましたよー」とニコニコしながら云われたっけ。こういう、読んだ人に届く連載であってほしいやねえ。皆んな読んでくれてないみたいだし(汗)。

ちなみに、イラストの榎本さんは、誌面にも書いていたけど大のパンツァードラグーン好きで、そもそも榎本さんに出会ったトキも、タクシーの中で、パンツァー話で盛り上がった記憶アリ。

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2002年08月23日

嘘六百・第7回

 セガのスタジオが分社化し、ドリームキャスト以外のコンソールに参入するようになって以来、各スタジオの社長さんと会う機会が格段に増えました。ほとんどの人は、社長になっても変わりませんね。むしろパワーアップしてる。というか小口さん大場さん、変な赤いキノコ食べて若返ってるでしょ? 社長という激務にもかかわらずパワーアップしているのは、精神的に解放されている証拠。セガを蔭ながら応援している身として嬉しい限りです。

 でも――唯一人「変に老けてしまったような…」印象を私に――ひょっとしたら私だけに、与える人間がいます。それが、アミューズメント・ヴィジョンの名越社長。最近はトライフォース版「F-ZERO」が話題で、メディアにも積極的に露出していますが、なぜだか、ある種の違和感を持たずにはいられないのです…。


 名越も、前回の牧野と同様、平成元年入社の同期です。表面上の印象は今も昔も変わらず「美術系と体育会系の心を併せ持った男」。過労のあまり、仕事中に倒れて救急車で運ばれた伝説を持つ「漢」で、そうした激務をこなしている自信からくる唯我独尊さが、いっそ清々しかった覚えがあります。8年ほど前、たまたま同期連中と飲んだ蒲田の居酒屋で、名越が「これからのセガは俺達が引っ張っていく事になる。共にセガを盛り上げよう」そうアツく語っていた言葉が忘れられません。言ってみれば、同期ながら尊敬できる奴だったのです。

 しかし、昨年久しぶりに会った際、その印象は微妙に歪みました。

 何かのパーティで「よお久しぶり!」と話しかけた瞬間から、私に一切目を合わせようとしない、受け答えもぞんざい、そして「会話打ち切れオーラ」まで放出している! あのぉ…貴方は私の知っているナゴシトシヒロ君ですか?

――そして今年。E3でのカンファレンス・プログラムに、「完璧なゲームキャラクターの創造」と題したパネルディスカッションがありました。出演者は、アメリカの制作会社社長3人と、名越。たまたま私は全員を知っていて、殊にアメリカ人の二人は、ここ数年一緒に組んでいる友人なので、こりゃ面白えやと観に行ったのです。

 実は私、講演前に名越に会っていて、「彼らはこんな事を日本のクリエーターに訊きたがっている」という内容を伝えようとしたのですよ。でも彼は、昨年に引き続き目を合わせようとせず、私が何か言っても直接答えてくれず、同席していた部下に向かって間接的に答える始末。

――お前と俺とは冷え切った夫婦か!?

 そして案の定、本番では名越だけ流れに沿って議論を盛り上げる努力を放棄している。有り体に言って「浮いてる」。アメリカ人達が講演前、「名越サン相手ニハ、ドンナ話題ガ盛リ上ガル?」と訊きまくっていたのとは、まったく対照的.です。

名越よ、それってすげぇ損してないか?

 まあ、ワタシの人間性に問題があって避けられている、という一抹の可能性も否定できないのですが――というか、そうである事を願ってます。名越のためには。

この回は、かなり本気入ってるかもしれない。
パーティでのぶっきらぼうな振る舞いとか、E3講演前の出来事(実は、またもや、搬入口でタバコ喫いながらの話)には、マジで腹立てちゃったもん俺。しかも、そんな扱いされる理由も思い当たらないワケだし――。
文中の「これからのセガは俺達が引っ張っていく事になる。共にセガを盛り上げよう」という発言は、たしか俺がAMを辞めて、CSに移籍する時の飲み会でのコトだったと記憶している。つうか正確に云うと名越は「俺はオマエ(鶴見)に期待している。これからのセガは俺達が――」と発言したはず。ずいぶん期待されていたのかも(笑)。
だから、セガを見捨てて?SCEに移ってで浮かれてる俺に腹立てたのかねえ。
いやいや、本当の理由を知りたいものです(じゃ、直接訊けよ…笑)

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2002年08月09日

嘘六百・第6回

 前回までに、セガ系列の社長さんを何人か話題に採り上げました。こうなれば勢いに乗って、他の社長さんの事も書いちまうことにしましょう。題して「鶴見六百と日本の社長」。シリーズ第1回は、ウェーブマスターの牧野社長です。

 牧野といえば、平成元年入社組の中でも、フライング・キッズ(型破りな変人)として名を馳せています。こう書くと「オマエこそ!」と言われそうですが、いえいえ、君には及びません。大学時代は学校行かずにバンドマンのバイトで食っていて、セガに入社。畑違いの人事部に配属になった後、2年目に開発に転部して、社長に登りつめた人間なんて、ゲーム業界広しといえども、君ぐらいなものでしょう!
(このネタって割と有名だったりする? じゃ、その内幕だ!)

 牧野とワタシは、たまたまセガの川崎大師寮で隣同士の部屋だったのですが、二人とも大学を留年していたり、免許取消になっていたりと(…これ内緒だったっけ? 悪ぃ書いちまったよ、わはは)何かと共通点が多く、まあ「ウマが合った」と言っていいでしょう。ともにエアコンの無い四畳半に住み、私の部屋が窓1つだったのに対して、彼は角部屋で窓2つ。「風通しが良くて涼しかった」ただそれだけの理由で、よく入り浸っていたものです。

――おっと、彼が29インチのステレオ大画面TVを持っていたのも、理由の一つでしたっけ。土曜の夜ともなると必ず、当時の人気番組「イカスBAND天国」を、揃って観ていたりしました。

 30歳以下の人は知りませんよね、「イカ天」。言ってしまえば、アマチュアバンドの勝ち抜き歌合戦みたいなものですが、社会現象「バンドブーム」を生み出すほど一世を風靡した番組でした。

 そのイカ天を一緒に観ていて気付いたのですが、さすがに牧野、音楽で食っていただけあって、出場者の演奏をに対する評価が的確。彼が「コレむちゃくちゃカッコイイわ」と評したバンドは、まず間違いなくメジャーデビューして「売れ」ました。不思議なほどの先見の明。

 そんな牧野の苦手は、朝。私と一緒に夜更かししていていても、彼は人事部で8時半出社。なのに私は開発なので10時出社。アタフタと遅刻寸前でタクシー出社する牧野を、よくからかったものです。
「悔しかったら開発にくればぁ」と。

――で、来ちゃった訳ですね(笑)。驚くべき「願望達成能力」!

教訓:ってことは、きっかけは俺かよ!?

 そういえば、同じ寮には、初代「スイッチ」ディレクターの近藤(現・ランドホー)が居て、牧野は随分と「スイッチ」をベタ褒めしていたように記憶しています。

型破りで、音楽のプロで、スイッチを高く評価していた、願望達成能力の持ち主が、いよいよ満を持して出す、PS2版「スイッチ」。個人的に相当期待してます。

牧野への私信:榎本さんの分と合わせて「2枚でどうだ」!


この後しばらく、牧野からソフトが送られてくる気配は全くなかった――案の定。なんだか別件で電話した時に「おお、忘れてたよー、すぐ送るよー」と言ったが、勿論、送られてこなかった(笑)。確か、こちらから「ラチェット&クランク」を送った時に、返礼として送られて来たような気がするけど…まあ、それが牧野らしいっちゃ牧野らしいやね。

そうそう。「スイッチ」は、「面白いゲーム」として期待していたワケじゃなく、「スイッチらしいゲーム」として期待していたので、誤解無きよう…。いやマジで、スイッチらしい「スイッチ」でした。満腹。

牧野のエピソードを思い出そうとすると、どうしても、川崎大師寮近くの「金山(カナマラ)神社」で行われていた、男根をブンブン振り回す、天下の奇祭「金山(カナマラ)祭」を思い出してしまう。
実際に一緒に行ったコトはないんだけど、やっぱりイメージが近いのかねえ。つうか、そっちのエピソードを書けば良かったか。

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2002年07月26日

嘘六百・第5回

 未だセガからは苦情(クレーム)が来ていません。

――となると今度は逆に物足りなく感じてしまうのは、幼少時にピンポンダッシュで培われた「スリルを求める性」ゆえでしょうか。

 今回は、いちばん苦情が来そうな題材(ひと)をわざわざ採り上げようかと思います。打ち切り上等。榎本さんも、無難な線は止めにして、存分にやっちゃってくださいな(笑)。


 私は草レースが趣味なので、月に2~4回はサーキットへ出かけるのですが、昨年、友人のレースをサポートするために行った筑波サーキットで、なんとも珍しい人に会いました。誰あろう、ソニックチームの中裕司さんです。ロータス・エリーゼというスポーツカーのワンメイクレースに出場していたのでした。
 一言二言喋ったのですが、レース前の緊張した面持ちとぶっきらぼうな物言いは、なんだか昔の「尖っていた」頃の中さんを彷彿とさせ、懐かしくも苦笑いしてしまったものです。

 実は私、中さんには良く思われていません。というのも、今を去ること13年前、私はセガに入社する直前にネット上で不祥事を起こしてしまい、それがために、中さんに嫌われ続けているのです。
当時、たまにコンシューマ第二研究開発部に遊びに行くと、入口近くで黙々とプログラムを組む中さんの姿が否応無しに目に入ったものですが、開発中の面白そうな画面(後のソニックでした)を後ろから見物していたりすると必ず、気配を察した中さんに「お前なんか来るな!」「蹴っ飛ばすぞ!」と追い払われたものです。

 プログラム中の真剣さと、追い払う時の子供っぽさのギャップ――その自由な振れ幅こそが、当時私が感じた「尖っていた」というゆえん所以です。

 しかし一時期――私がAMからCSに移った頃、中さんは同じフロアで仕事をしていたのですが、まるで別人のように見えました。物事を合議制で決め、チームメンバーを立てる態は、一見、大人の振る舞い。
でも正直、丸くなった中さんは精彩を欠いている様にも見えました。傍目から見て「もっとわ我がまま儘なのが中さんじゃないの!?」と思ったほどです。

 そして――サーキットで見た中さんは、まさに昔ながらの「尖った」中さんでした。なるほどPSOが大成功するのもむべなるかな。
私は職業柄、ひとさま他人様のゲームを見ると必ず、『必要とする才能資源』『段取り』『結果、かかるコスト』などの試算を行う癖があり、たいていのゲームは、「こうすれば作れる」という目算が立つのですが、たまに「これは作れんわ!」というゲームに出くわす事があります。「PSO」もその一つです。こうした凄いゲームを作り上げた事と、サーキットで見た「尖った中さん」とは、ゲーム制作者の「正しい資質(ライト・スタッフ)」という意味で、何らかの相関があると思うんですが、どうでしょう。

教訓?:今回の原稿についての苦情は、ドリマガ編集部ではなく鶴見六百宛に!


 また余計に嫌われちゃったなあ…。

うーん。この回、ちょっとキレイに書きすぎたかなあ…。
うーん、打ち切り上等! とか言ってる割に弱虫な俺…。
榎本さんのイラストは、ムチャクチャ「ヤっちまって」もらえてすごーく出来がいいのに、俺の方が腰引けてやんの。ああ恥ずかしい。
でも、中さんの場合、洒落にしてくんない時があるからなあ…。
(その理由は、本文を読めば解ってもらえると思うけど)

――ちょっと待てよ。

そうか、もし中さんから苦情が来たら、本文での分析が正しい証なんだ(笑)。
これって何だかパラドキシカルで面白いね。
苦情来ないかなー。せっかく専用受付窓口も作ったんだからね。


ところで、今回の原稿には「完全版」が存在する。下のブロックが、それだ。ただ今回は、俺の真意が伝わる範囲で文章量を減らせたと思う。
だが、まあ例によって没パーツの供養というコトで、再掲載させていただく。やっぱりエピソードが多い方が面白いやねえ…。

 イラストの榎本さんが2回にわたって「打ち切らないでネ」と描いてくれたおかげなのか、未だセガからは苦情(クレーム)が来ていません。

――となると今度は逆に物足りなく感じてしまうのは、幼少時にピンポンダッシュで培われた「スリルを求める性」ゆえでしょうか。

 今回は、いちばん苦情が来そうな題材(ひと)をわざわざ採り上げようかと思います。打ち切り上等。榎本さんも、無難な線は止めにして、存分にやっちゃってくださいな(笑)。美少女の失禁シーンとかいかがですか?(ドリマガ的にNG?>担当)

 私は草レースが趣味なので、月に2~4回はサーキットへ出かけるのですが、昨年、友人のレースをサポートするために行った筑波サーキットで、なんとも珍しい人に会いました。誰あろう、ソニックチームの中裕司さんです。ロータス・エリーゼというスポーツカーのワンメイクレースに出場していたのでした。
 一言二言喋ったのですが、レース前の緊張した面持ちとぶっきらぼうな物言いは、なんだか昔の「刺々しかった」頃の中さんを彷彿とさせ、懐かしくも苦笑いしてしまったものです。

 実は私、中さんには良く思われていません。というのも、今を去ること13年前、私はセガに入社する直前にネット上で不祥事を起こしてしまい、それがために、やはりその頃ネットで「YU2」というハンドルネームで活動していた中さんに嫌われ続けているのです。
当時、たまに第二研究開発部に遊びに行くと、入口近くで黙々とプログラムを組む中さんの姿が否応無しに目に入ったものですが、開発中の面白そうな画面(後のソニックでした)を後ろから見物していたりすると必ず、気配を察した中さんに「お前なんか来るな!」「蹴っ飛ばすぞ!」と追い払われたものです。

 当時の第一研究(アーケード)開発部の雰囲気を「ビジネスごっこ」と喩えるならば、第二研究(コンシューマ)開発部は、(まあ異論はありましょうが)「学園祭前夜」。そんな雰囲気と相まって、中さんの態度がかなり子供っぽく感じられたのを覚えています。プログラム中の真剣さと、追い払う時の子供っぽさのギャップ――それこそが、私のいう刺々しさ=「尖っていた」印象の所以です。

 ところがですね…後に中さんはアメリカ開発に移ったのですが、私が出張などの折に、許可も得ずに開発室内をうろついていた時に見た中さんは、まるで別人のようでした。子供っぽさは鳴りを潜め、疲れていたんでしょうか、刺々しさにも覇気がない。なんだよお、それは俺の知ってる中さんじゃないぞお、なんて心の中では思ってましたが、本人に言うとまた叩き出されるので(笑)黙ってました。

 そして――私がAMからCSに移った頃、中さんは同じフロアで仕事をしていたのですが、まるで別人のように見えました。物事を合議制で決め、チームメンバーを立てる態は、一見、大人の振る舞い。
でも正直、丸くなった中さんは精彩を欠いている様にも見えました。傍目から見て「もっとわ我がまま儘なのが中さんじゃないの!?」と思ったほどです。

 サーキットで見た中さんは、まさに昔ながらの「尖った」中さんでした。なるほどPSOが大成功するのもむべなるかな。
私は職業柄、ひとさま他人様のゲームを見ると必ず、『必要とする才能資源』『段取り』『結果、かかるコスト』などの試算を行う癖があり、たいていのゲームは、「こうすれば作れる」という目算が立つのですが、たまに「これは作れんわ!」というゲームに出くわす事があります。「PSO」もその一つです。
こうした凄いゲームを作り上げた事と、サーキットで見た「尖った中さん」とは、ゲーム制作者の「正しい資質(ライト・スタッフ)」という意味で、何らかの相関があると思うんですが、どうでしょう。

教訓?:今回の原稿についての苦情は、ドリマガ編集部ではなく鶴見六百宛に!


 また余計に嫌われちゃったかなあ…。じゃあ、嫌われついでにもう一発(笑)。

 先日のE3で、たまたま面白い場面に出会しました。会場の片隅で、妙齢の外人の娘にサインをねだられて困っている日本人制作者を発見したのです。それまた中さん(笑)。なんでもその娘、ソニックの大ファンだとかで、着ている「ソニックTシャツ」にサインをくれとねだっているのです。
ちなみにその娘、ソニックTシャツだけでなくファイティング・バイパーズのブルゾンも着込んでおり、中さんに向かってあろう事か、「私、FVもファンなんです。カタオカさんにも会わせてください!」なんてお願いもしてました。さっきまで、もう涙ぐまんばかりの勢いで中さんにサインをねだっていたのに…。
後で件の片岡に聞いたところ、彼女は有名なセガオタクで、自分の「セガファンサイト」も持ち、そのために日本語も覚え、そのために秋には来日するんだとか。いやはや、濃ゆい娘もいたもんです。

ま、それはともかく。いつもの青年エグゼクティヴ然としたパブリックイメージとは異なり、照れつつ言い訳しつつぶっきらぼうに応対する態度もまた、昔通りの中さんでございました。いやはや、眼福、眼福。


大島さんとかマーク、飯塚、斉藤祐司あたりに読んでもらって感想を訊きたいな。もう少し突っ込んで書けば、ゲーム業界の「才能」と云う物の不可思議さを描き出せたかと思うんだけどね。ま、今回はこんなもんでしょ。

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2002年07月12日

嘘六百・第4回

マイケル・ジャクソン氏の事は、皆さん御存知ですよね? 世界に名高いエンターテイナー。ビデオゲームにも造詣が深く、最近ではスペースチャンネル5にも出演。そして――世界で最も毀誉褒貶が激しい人物の内の1人でもあります。

 ワールドツアーのチケットが各国で即完売するかと思えば、整形失敗!と東スポ一面を飾りもする。世界平和の催しに積極的に参加するかと思えば、幼児性愛(ペドフィリア)か?と疑惑の目を向けられる。彼の博愛と奇行とが混淆するパブリックイメージは、天才と何やらは紙一重、の謂いを体現していると言えるでしょう。
こんな人、他に居ません。居っこありません!

 そんな彼のゲーム「マイケル・ジャクソンズ・ムーンウォーカー」アーケード版こそが、私がセガに入社してから企画として携わった第1作だったりする訳です。

 彼のゲーム、と書いたのは、それが正に「マイケルの企画」によるものだったからです。マジです。そういう意味では、私の身分は企画丁稚(アシスタント)であり、上司がマイケルだったと言えます。
今のようにEメールのない当時、私達は企画書や仕様書を定期的にマイケルへFAXし、それに目を通したマイケルが(エージェントを通じて)アイデアや駄目出しのコメントをFAXで送ってくる、という段取りで遠隔操作されていました。曰く――

「ジャクソン氏は、人を殺すような攻撃を望んでいない。再考せよ」
「氏は、ロボットへの変形を望んでいる。特に最終シーンでは、『トランスフォーマー』のように、空飛ぶ車に変形させよ」
「マイケルの『M』の字にマシンガンの弾痕を並べよ」

――それにしても、自分の好き勝手なアイデアをゲーム化させる。これはもう、ゲーマーの夢ではないでしょうか。想像してみてください、自分のアイデアでセガにゲームを作って貰える幸福を!

 また、マイケルは来日する度にセガを訪問していました。タクシー7台ほどの追っかけを引き連れて。
彼にとってセガへの来社は、ディズニーランドの貸し切りと等価だったのではないかと推測しています。これまた、ゲーマーの夢。想像してみてください。自分の好きな時にセガに訪れて、開発中のゲームを見せて貰える幸福を。

 私は確信しています。マイケルこそが「セガ人(せがびと)の中のセガ人」だと!

 そういえば私は2度ほど、マイケルが来社した際に2人っきりでお話しした事があります。1度などは、研究中の半球面ドームプロジェクター筐体の中で、です。ぱっと見の印象はシャイな兄ちゃん、というイメージだったのですが、ドーム筐体という暗闇の中に入って驚きました。

 私は、本当にオーラを発している人間を初めて見ました!

 それが、スーパースターが身に纏う本物のオーラだったのか、それとも整形の際に注入した物質が発光したのかは、今となっては定かではありませんが…。

教訓:好きなゲームを楽に作りたければ、世界的スーパースターになれ!


今回は参った。
つか、自分の筆力の無さを呪ったね。
俺は元々が平易な語彙を使って「饒舌体」で文章を書く人なんで、今回のマイケルみたいに、ネタが多すぎると困っちゃうんだわ。
本当に伝えたいコトと、他人を面白がらせるエピソードとを決められた字数内では統合できずに「上っ面だけの文章」。これじゃ遺憾ね。

ホントに書きたかったのは――

「俺は最初、マイケルは決して好きではなかった」
「プロジェクトは、ほぼ新人ばかりで構成されていた。
一種の『捨てプロジェクト』だったのではないか?」
「助けてくれる先輩も、自分のプロジェクトで手一杯だった」
「ゲーム制作中にも、マイケルに振り回されっぱなしだった」

なのに!
なのに、マイケルのプロジェクトの経験は、非常に身になり、おまけにマイケル・ジャクソンも大好きになった。この経験談から、いくつかの教訓が導き出せないか。

――うーん、やっぱり字数が2倍は必要だなあ。編集のウメちゃんは、「2回に分けて書けば?」と提案してくれたけど、それもまた、違う気がするし…。

ま、とりあえず自主的に没にした断片を、ここに記して供養しとこうかね。

しかしまあ、大変なプロジェクトでした。入社直後で右も左もわからぬ新人を企画に立て、他のチームメンバーも、同期や中途入社の新人アーティスト達だったり、初めてメインを張るプログラマーだったりと、なんとなく寄せ集めチームの匂い。後で聞いた話では、マイケルからオファーがあった後、企画チーム内では「宿題」と称したアイデアコンペがあったそうですが、誰も関わりたがらず、宙に浮いていたのだとか。そして、何も知らずにノコノコと入社してきた新人達、特に、馬鹿面下げて煙草を喫っていた私に、白羽の矢が立ったという次第。


――あ。今更ながら気づきました。「これって実は、捨てプロジェクトだったんじゃないの!?」


何のスキルもない若僧が、マイケルと交わした英文の契約書を読破し、企画仕様書を書き、関連各部署に頭を下げて回る。指導してもらうはずの先輩は「シャドウ・ダンサー」で多忙だったために助力を得られず…。


マイケルの承認がなければ発売できないという、いわば人質を取られた身なので、従わざるを得ません。


マイケルズ・ランチと呼ばれるゲーム部屋を持ち、そこに子供を招いては、一緒に遊んでいるのだそうです。もちろん、セガから寄贈された「ギャラクシー・フォース」の筐体をはじめとした、体感ゲーム筐体のオンパレードなのですから、並のゲーム部屋とはひと味もふた味も違います。


何年か前、アトランタでE3が開かれた時の事です。我々が宿泊していたホテルのスポーツバーに行ったらば、そこでは「カラオケ・ナイト」という催しが行われていました。バーといっても、小さな体育館ほどもある巨大な場所で、そこにステージがしつら設えてあり、いわゆるカラオケ・パブ式に客が唄うシステムです。E3に訪れたゲーム業界関係者が、次から次へと唄っているようです。
さすがショービジネスの国、アメリカ。素人のカラオケといっても侮れません。難易度の高いマーヴィン・ゲイの歌を、高らかに唄いこなす太っちょの黒人を見た時は、カラオケ発祥の地のプライドが燃え上がり――後先考えず、曲をお願いしてしまったのです。歌は「スリラー」。

大喝采です! さっきの超絶に上手かったマーヴィン・ゲイが、すれ違いざまに「ギブ・ミー・テン!」と声を掛けてきます。もちろん、それに応えて両手を突き出し、頭上で手を合わせます。

その後、自分の席の周辺に居たアメリカ人の女の子――私がマイケル・ジャクソンのゲームを作ったと知っている娘なのですが、その子が声を掛けてきたので「このスリラーは、マイケルに習ったんだよ」とテキトーな事を言ったら、本気で信じてしまい、目を潤ませていたんですが……いやはや、マイケル様様ですね。


ちなみにマイケルと会った後、「鼻は陥没してた?」「肌の色はむら斑だった?」「襲われなかった?」という質問を100回以上は受けましたが、答えは全部「NO」です。

でも私は確かに、光るマイケルを目の当たりにしたのです!


マイケルの生声テープは、私の一生の宝物です…その「苦闘」と言える経験と共に。

なんまんだぶ、なんまんだぶ…。

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2002年06月28日

嘘六百・第3回

訂正:前回、セガの経営理念を「先進技術で時代を先取り(さきどり)」としましたが、正しくは「先進技術で時代を先取(せんしゅ)」です。

 本連載を始めるにあたって担当編集と取り決めた約束事は、「セガから苦情(クレーム)が来たら連載は打ち切り」というものでした。それはそうです、ドリマガはセガからの情報を生命線としている雑誌。大セガ様の逆鱗に触れなば、あっという間に干上がってしまいます。死活問題なのです。大人の関係なのです。ヒールをお舐め、なのです。あぁソコはダメ、なのです。

 それなのに、セガOBである私が内幕を書き散らすこの文章は、当然ですが広報のチェックなんぞは受けていません。
まさに危ない綱渡り。その綱は、なんと第3回にして、切…。


 さて「喫煙室コミュニティ」の続篇です。
ゲーム業界には「コンピュータは煙に弱い」という時代遅れの迷信が蔓延っているため、セガもご多分に洩れず、オフィスは禁煙。その代わり、部屋の外に「リフレッシュルーム(喫煙室)」というコーナーを設置していたものです。
ソファが並び、飲み物の自販機もある憩いの場――しかし、ここを仕事部屋として使う喫煙者は後を絶ちませんでした。筆記用具一式を持ち込んで仕様を作成する企画者。主要メンバーでミーティングMTGを行うチーム。次期プロジェクトの構想を練る部課長。あまつさえ、猫を飼う者まで居た始末です!(←すいません、私です)。
しかし、プロジェクトや部署に関係なく喫煙者が集って交流し、様々な話題について議論を繰り広げる喫煙室は、ゲーム開発者としては格好の修行の場でもありました。

 あれは、鈴木裕さんがバーチャファイターを作っていた頃だったでしょうか。裕さんが珍しく喫煙室に現れ、チームの人間と相談していたのだったと思います。当時、才気にはや逸る若゛僧(わ゛かぞう)だった私は、つい横から口を出してしまいました。やれ、あのルールは良くない、やれ、この操作はか斯くあるべき…しかし、裕さんも若かった! 私の青い発言にも逐一反論し、お互い声を張り上げての激論! そこで裕さんが最後に放った言葉が、未だに忘れられません。

「鶴見チャンはまだヒットを作ってないだろ? 俺は、作ってるよ。だから、俺は自分の思った通りに作るよ」。

 当時の私は非常に憤慨しましたが、今の私なら、その真意を自分なりに解釈できます。いわゆるtheoryには「技法」と「持論」という2つの側面があり――という話は長くなるので今回は割愛。いずれまた。
ともあれ、裕さんの言葉が奮起材料になったのは確かです。本当に勉強させていただきました。
ありがとうございます、裕さん。ありがとう、喫煙室。

今回の教訓「煙草を喫おうが喫うまいが、喫煙室に積極的に出入りせよ!」

 そういえば、私が入社直後、副部長に「マイケル・ジャクソンのゲーム、作らない?」と辞令?を言い渡されたのも、喫煙室でしたっけ。
次回は、マイケルの話でも(あれ、打ち切りなのでは…?)。

社是! 「創造は生命(いのち)」

経営理念!
ひとつ「知的創造で社会に貢献」
ひとつ「先進技術で時代の先取」
ひとつ「人社一体で目標追求」

ああ、まだ覚えてるよ、俺。

「連載を始めるに当たっての約束事」ウンヌンは、まったくの嘘。前回の誤植?を見てから閃いた単なるネタなので、本気に受け取った方、ご安心下さい(いないか?)。つうか、本文にも「セガから」苦情が来たとは書いてないんだけどね…。

むしろ、「ドリマガはセガからの情報を――」のくだりの方が、ドリマガ編集にケンカ売ってるっぽくってヤバいよね(笑)。掲載誌っつーか、味方にケンカ売ってどうする、俺。掲載時には、ウメちゃんが「編注」を入れて、マイルドにしてくれたけど。
どうにか「キワどいギャグ」を、涼しい顔して書けないものかねえ…今後の課題ナリ。
ま、その前に、読者の顔が見えるようになるまで書き続けないと、どのあたりがキワどくて、どのあたりがキワどくないかの、判別がつかないんだが。

ああ、読者の反応が欲しい。
読者の反応が無いと、どんどんエスカレートしちゃうよぉ、俺!(笑)

ちなみに榎本さんには「カワイイ女のコで、いっちょヤったりましょう!」とお願いしたんだけど、それも読者を煽る一環だったりする(笑)。もっと煽れないかなあ。煽りに反応すれば、方向性も見えるハズだし。

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2002年06月14日

嘘六百・第2回

E3に来てます。
LAです。
広い会場どこもかしこも人、人、人!
――そんな汗臭さMAXな人の海を離れ、
私は独り、
ビーチサイドに体育座りで海を眺めてます。
ここはサンタモニカ。
西海岸の陽光の下、開放的な水着姿の外人女性が、
ラストブロンクス東京番外地やデッド・オア・アライブもかくやとばかりに胸を揺らし、砂浜を走ってます。
そんな女体を眺めながら、

「ポヨン、ポヨン…バィン、バィン、ズギャギャギャギャン!」

などと、勝手な効果音をアフレコして楽しんでいる私。
いったい何しにアメリカまで来たのやら…。

前回、「ゲーム業界で食っていくには、まずセガに入れ」と書きましたが、今回はその続編「いかにしてセガに入るか」。もちろん、正式ルートはセガ公式サイトの「採用情報」なりを読んでもらうとして、私が記すのはズバリ「裏ルート」。完全(ぜんぜん)無保証、お試しあれ!


あれは、大学5年生の4月。私はセガの会議室で、面接ならぬ取材をやっていました。話題は、発売間近なアーケード基板「システム24」について。名作「ゲイングランド」「クラックダウン」などを生み出した基板、御存知ですよね? FDでソフトを入れ替え可能とし、24KHzディスプレイで高精細に描画、大量4096個のオブジェクトを制御可能な、当時としては先進的なシステム。さすがセガ、「先進技術で時代を先取」と経営理念で謳うだけあります。

取材のお相手は、システム24のハード開発責任者の方でした。第一印象は「恰幅の良い気さくな人」。インタビュー形式で取材を進めてもその印象は変わらず、システム24に込めたアツき想いを語り、私の突っ込んだ質問にもアツく答え、まあ何というか、話は弾みに弾んだのです。

取材が大成功のうちに一段落した後、その責任者さんと雑談をしていたら、何かの拍子に、私がゲーム業界志望の大学5年生だという話題が持ち上がりました。そうしたら――

「じゃあ、うち(セガ)来んかね? 今から人事の人間呼んであげるよ」
ハァ!? そんなんアリですか?

――アリでした。直後、呼ばれた人事の方と話をし、私はいわゆる就職活動を一切せずセガに入社してしまったのです。

さて、「恰幅の良い気さくな責任者」って誰だったんでしょう。アツくハードを語った漢(おとこ)――なんとその方、佐藤秀樹セガ現社長だったりするわけです。わぉ。釣りバカ日誌か島耕作、てなもんですな。

――もうお気付きでしょうか。

今回の教訓「セガに入るには、佐藤社長に食らいつけ!」

ところで、E3の会場内は禁煙なので、我々スモーカーは定期的に、屋外の搬入口などに「避難」して一服するのが常です。そこで思わぬエグゼクティヴとバッタリ遭遇することも多々あって、そういえば佐藤社長とも、昨年・一昨年に会って、雑談しましたっけ。
馬鹿にならないんですよ、喫煙場所コミュニティって。

教訓その2「E3搬入口が狙い目だ!」


せっかく「嘘六百」と銘打っているんだから…と今回から嘘を混入させてみた(やっとかよ!)。
字義通りならば、「嘘八百」の内、7割5分は嘘のハズなんだけど、ほら、俺って正直者だから(笑)、嘘を吐くのもびくびくモノ。

で…。
「E3に来てます」とか書いているけれど、実はこの原稿、日本で書いたモノ。
バインバインとか、ズギャギャギャギャンとか、全て架空の出来事。つうか「妄想」。
でも一応、原稿はサンタモニカの仕事場から榎本さんにFAXしたし、そもそも1年に6回はサンタモニカに行ってるワケだから、ソレっぽい雰囲気になってる…よね?

ちなみに、その悪巧みを担当編集のウメちゃんと打ち合わせた時に、「サムシング吉松氏をE3に連れてってレポートしてもらったら?」と提案したのは俺なので、氏のファンは俺に感謝するように。

さてE3。搬入口で今年も会っちゃいましたよ、佐藤社長に!
いちおう、この原稿についても口頭でOKを貰ったので一安心。
「社長を最初に採り上げておけば、後は(下からは)苦情が来ないだろう」という小賢しい計算ゆえ、これで心おきなくセガについて書けるってもんですな。
でも、これで何年連続会ってるんだろ、この場所で(笑)。気分はまるで、「『伝説の木の下』で告白を受ける男子」(笑)

毎年ここに来るメンツってのは決まっていて、例えばSCEAのマーケティング&サードパーティ担当副社長
(つまり偉い人)の、Andy House氏もその一人。

――なんていう話を佐藤さんとしていたら、間もなくやってきました、当のAndy(笑)。

佐藤社長、ウェーブマスターの牧野、広報の南雲氏を交え、しばし歓談。
Andyが「Hirai-sanも、タバコ喫いに来るんですよねー」と言ったから、ひょっとしたらSCEA社長のKaz Hirai氏も来るかな?と思ったけど、すぐには来ず。

――でも来ました、20分後に(笑)。
Hiraiさんと言えば、むちゃくちゃカッコイイ英語スピーチをする人で、今回のE3でも「ゲーム機戦争は終わった! ソニーが勝った」とブチ上げた人。
タバコ喫いながら、「アレはどういう意味なんですか?」と内幕を訊いたりしつつ、やはり「喫煙場所コミュニティ」は強いですぞ、皆の衆!
ああ、任天堂の岩田社長や、ビル・ゲイツが喫煙者だったらなあ…(笑)。


そういえば、原稿では「先進技術で時代を先取(先取)」と正確に書いたのに、入稿の段階で「時代を先取り(さきどり)」と、間違って校正(校悪?)されちゃったのは、元セガの担当編集ウメちゃんが、校了時期にE3に来ていた(日本に居なかった)からか?
悪いけど、次回はそれをネタにするコトに決定(笑)。

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2002年05月31日

嘘六百・第1回

最近、マイクロソフトに入った友人から、こんなメールが来ました。「Xbox事業部にはセガ出身の人が多く、皆が鶴見さんの事を知っていて驚きました」。

それ、実は驚くような事ではないんですよ。マイクロソフトに限らず、歴史の古い大手メーカーを除けば、ゲーム業界のどこへ行ってもワタシのような無名のセガ出身者は多く、「一度『セガ閥』に入ると一生食いっぱぐれない」とすら言われています。

転職を希望する際にも、真っ先にセガ時代の知人にコンタクトを取るのは、セガOBにとってはごく普通の行動で、これを称して「もとセガネットワーク(MSN)」。今回の友人からのメールによって、マイクロソフトにもMSNが有ることが判明した訳です(…ン?)。

あるいは、こうも言われます、「セガ・ゲーム専門学校」(大鳥居ゲーム専門学校、とも)。即戦力が求められるゲーム人材市場では、セガ卒業生はあたかも金の卵のように重宝されています。ある意味、セガでゲーム制作のノウハウを学んだ人間が世界のゲーム産業のレベルを底上げしていると言っても過言ではありません。

ここで特筆すべきは、人材が大量に流出しても、それでもなお、優れた人材が山のように残っている、というセガの凄さです。何故なんでしょう?――この謎は、次回以降、解き明かしていきたいと思います。


という訳で、皆さん初めまして、鶴見六百と申します。

大昔、ドリマガの先祖である「Beep」でライターを始めて以来、セガAM→CS→SCE→フリー、と、かれこれ18年もゲーム業界で禄を食んでいますが、未だもって無名の制作者です。特にドリマガ的には超無名。ワタシが何をやっている人なのかは、とりあえずPS2「ジャック×ダクスター 旧世界の遺産」や、PS「クラッシュ・バンディクー」シリーズを御購入の上(笑)、スタッフクレジットを御覧下さい(以上、微妙な宣伝でした)。

そんなワタシですが、無名は無名なりに、雑誌の記事に載るようなパブリシティ宣伝文句でもなく、匿名掲示板に投稿されるような愚痴暴露中傷誹謗の類でもない、「ゲーム業界の真実」を赤裸々に綴れるかな、なんて自負しております。特に、ワタシが制作者としてのキャリアをスタートさせた「セガ」、皆さんの大好きな「セガ」については、今は離れているだけに、好き放題!書けると思います。

まあ、担当編集者曰く「セガに否定的な書き方をすると、読者の半分を敵に回すから、なるべく止めてくれ」だそうなので、むしろ褒めます。褒めて褒めて、褒めちぎります(笑)。

今回の教訓:「ゲーム業界で一生食っていくのなら、セガに入れ」


かなり昔、「鶴見六百」を名乗り始めた頃
(あれはセガを退社し、本州をクルマで放浪していた頃か?)
福野礼一郎氏の名著「ホメずにいられない」に感銘を受けた俺は、あのような「嘘のような本当のような感動的な話を、ゲーム業界を舞台として書けないものだろうか?」と試しにネタ拾いをスタートしたんだったと思う。それが「嘘六百」という仮タイトルだったっけ。

ちなみに俺のコンピュータの中には、Macintosh Plusでライターをやっていた頃からの、そんな思いつきネタの文書ファイルが澱のように溜まっている。「罪と没」とかね。

この連載も、最初にドリマガのウメちゃんから話があった時は、そんな「『ゲーム業界・隠れた偉人伝(嘘75%混入)』をやりたいなあ」と答えた…
…ハズだったのに、なぜか始まってみれば「セガ昔話」。うーん、おかしい(笑)。
(ま、連載が軌道に乗ってきたら、その手のネタもやるけどね)

ともあれ、書き始めた第1回目の原稿は、その後の方針を決定づけるモノなだけに、相当、慎重に書きましたよ、アタシゃ。計3バージョンぐらい作ったのかな。
例えば、下のはパイロット版。



読者の皆さんは、ゲーム業界内部の事を、どれだけ御存知ですか?ゲーム雑誌を開けば「開発者インタビュー」と題した「生の声」が何ページにもわたって掲載されていますし、「公式サイト」や「2ちゃんねる」をはじめとする双方向メディアでも、開発者の、肉声のフリをした書き込みが散見されます。それらを読めば、なんとなくゲーム業界内部の事が解ったような気になれるでしょう。

――しかしながら、断言しちゃいます。そのほとんどは、発売になる製品のパブリシティ宣伝か(大概コレ)、ブランドの宣伝か(公式ページの有名開発者日記系)、あるいは匿名の愚痴/誹謗/中傷(2ちゃん・個人サイトに多い)ばかり。

そりゃそうです。たいていの大手ソフト会社において、基本的に開発者はソフトのパブリシティ権を持っていない事が就業規則(あるいは雇用契約)に明記されているのですから。固いことを言うなら、自分の創っているソフトを宣伝する事すら、会社の許可を得なければ出来ないのですよ!(極論ですが)
よって、核心を突いたトークができるのは、ある程度の地位にある社長・取締役・部長といった現場を退いた方々にならざるを得ませんし、逆に現場の声を表明する場合は匿名にならざるを得ません。地位も高く現場にも近い方の素直な言葉――例えば、任天堂の宮本さん達が「MOTHER3」の開発中止について、「ほぼ日刊イトイ新聞」で対談したような例は、まず稀です(アレも、制作者のみに解る婉曲表現が多かったのですが)。

――そうした内幕があってもなお、読者の皆さんはゲーム業界内部の「真実」を解っていると言えますか?


皆さん初めまして、鶴見六百と申します。大昔、ドリマガの先祖である「Beep」でライターを始めて以来、かれこれ18年もゲーム業界で禄を食んでいますが、未だ無名の制作者です(特にドリマガ的には)。ワタシが何をやっている人なのかは、とりあえずPS2「ジャック×ダクスター 旧世界の遺産」か、PS「クラッシュ・バンディクー」シリーズを御購入の上(笑)、スタッフクレジットを御覧下さい。ま、そういう事です(以上、SCEに内緒の宣伝でした)。

まあ、無名は無名なりに、雑誌の記事にも匿名掲示板にも決して表れることのない「ゲーム業界の真実」を赤裸々に綴れるかな、なんて自負しております。特に、ワタシが制作者としてのキャリアをスタートさせた「セガ」、皆さんの大好きな「セガ」については、今は離れているだけに、好き放題!書けると思います。

――ドリマガにクレームが来さえしなければ、ですが (笑)。
それでは次回をお楽しみに!



――つまんない(笑)。

つうか、無名な俺が(笑)こんなコト書いても、誰も読んでくれないコト受け合い。
なのでもっとキャッチーにすべく、「毎回セガ(もしくは有名人)のネタを入れる」「『教訓』を入れて、ゲーム業界志望者に対しての『HOW TO』モノのフリをする」っていうルールを入れたのが、実際の第1回の原稿。
この手の短いコラムって、フォーマットを作っておけば、あとはネタを流し込むだけでautomaticallyに出来上がってラクチンなんだけど、そういう意味からは、汎用性の高いフォーマットが出来たんじゃないかね。
実際、毎回の原稿もラクチンに書かせてもらってるし。
ただ、ネタが多すぎて溢れちゃうのが、唯一の悩みのタネ。
ネタの宝庫すぎるよ、セガってば…。


ところで、ドリマガ連載時には、榎本俊二氏のイラストが華を添えているワケだが、マジな話、榎本氏がこの仕事を受けてくれるとは思わんかった。ずーっと昔から呑む度に、「いつか仕事でご一緒したいですね」と言っていたので、「今回が、まさにその時!」とは思ったものの、なんとも時期が悪そうに見えたのだ。
だって氏は今年ヤタラメタラ忙しく、「ゴールデンラッキー」の復刻版が大田出版から出るわ、iモードでも「えの素」が始まるわ、***からも***が出るわ出るわの大賑わい。

この忙しさからすると、断られると思うでしょ?

でもダメ元でメールを打ったら…「やりましょう」の良い返事が来ちゃったんですねー。
ああ、ありがたや、ありがたや、神様仏様榎本様!

ちなみに、もし榎本氏が原稿を落とした際には、ずーっと昔に貰ったサイン「榎本俊二が描いたクラッシュ・バンディクー」を代原として掲載する約束。でも、モザイク無しだと載せられないかも(笑)。

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