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2002年07月26日

嘘六百・第5回

 未だセガからは苦情(クレーム)が来ていません。

――となると今度は逆に物足りなく感じてしまうのは、幼少時にピンポンダッシュで培われた「スリルを求める性」ゆえでしょうか。

 今回は、いちばん苦情が来そうな題材(ひと)をわざわざ採り上げようかと思います。打ち切り上等。榎本さんも、無難な線は止めにして、存分にやっちゃってくださいな(笑)。


 私は草レースが趣味なので、月に2~4回はサーキットへ出かけるのですが、昨年、友人のレースをサポートするために行った筑波サーキットで、なんとも珍しい人に会いました。誰あろう、ソニックチームの中裕司さんです。ロータス・エリーゼというスポーツカーのワンメイクレースに出場していたのでした。
 一言二言喋ったのですが、レース前の緊張した面持ちとぶっきらぼうな物言いは、なんだか昔の「尖っていた」頃の中さんを彷彿とさせ、懐かしくも苦笑いしてしまったものです。

 実は私、中さんには良く思われていません。というのも、今を去ること13年前、私はセガに入社する直前にネット上で不祥事を起こしてしまい、それがために、中さんに嫌われ続けているのです。
当時、たまにコンシューマ第二研究開発部に遊びに行くと、入口近くで黙々とプログラムを組む中さんの姿が否応無しに目に入ったものですが、開発中の面白そうな画面(後のソニックでした)を後ろから見物していたりすると必ず、気配を察した中さんに「お前なんか来るな!」「蹴っ飛ばすぞ!」と追い払われたものです。

 プログラム中の真剣さと、追い払う時の子供っぽさのギャップ――その自由な振れ幅こそが、当時私が感じた「尖っていた」というゆえん所以です。

 しかし一時期――私がAMからCSに移った頃、中さんは同じフロアで仕事をしていたのですが、まるで別人のように見えました。物事を合議制で決め、チームメンバーを立てる態は、一見、大人の振る舞い。
でも正直、丸くなった中さんは精彩を欠いている様にも見えました。傍目から見て「もっとわ我がまま儘なのが中さんじゃないの!?」と思ったほどです。

 そして――サーキットで見た中さんは、まさに昔ながらの「尖った」中さんでした。なるほどPSOが大成功するのもむべなるかな。
私は職業柄、ひとさま他人様のゲームを見ると必ず、『必要とする才能資源』『段取り』『結果、かかるコスト』などの試算を行う癖があり、たいていのゲームは、「こうすれば作れる」という目算が立つのですが、たまに「これは作れんわ!」というゲームに出くわす事があります。「PSO」もその一つです。こうした凄いゲームを作り上げた事と、サーキットで見た「尖った中さん」とは、ゲーム制作者の「正しい資質(ライト・スタッフ)」という意味で、何らかの相関があると思うんですが、どうでしょう。

教訓?:今回の原稿についての苦情は、ドリマガ編集部ではなく鶴見六百宛に!


 また余計に嫌われちゃったなあ…。

うーん。この回、ちょっとキレイに書きすぎたかなあ…。
うーん、打ち切り上等! とか言ってる割に弱虫な俺…。
榎本さんのイラストは、ムチャクチャ「ヤっちまって」もらえてすごーく出来がいいのに、俺の方が腰引けてやんの。ああ恥ずかしい。
でも、中さんの場合、洒落にしてくんない時があるからなあ…。
(その理由は、本文を読めば解ってもらえると思うけど)

――ちょっと待てよ。

そうか、もし中さんから苦情が来たら、本文での分析が正しい証なんだ(笑)。
これって何だかパラドキシカルで面白いね。
苦情来ないかなー。せっかく専用受付窓口も作ったんだからね。


ところで、今回の原稿には「完全版」が存在する。下のブロックが、それだ。ただ今回は、俺の真意が伝わる範囲で文章量を減らせたと思う。
だが、まあ例によって没パーツの供養というコトで、再掲載させていただく。やっぱりエピソードが多い方が面白いやねえ…。

 イラストの榎本さんが2回にわたって「打ち切らないでネ」と描いてくれたおかげなのか、未だセガからは苦情(クレーム)が来ていません。

――となると今度は逆に物足りなく感じてしまうのは、幼少時にピンポンダッシュで培われた「スリルを求める性」ゆえでしょうか。

 今回は、いちばん苦情が来そうな題材(ひと)をわざわざ採り上げようかと思います。打ち切り上等。榎本さんも、無難な線は止めにして、存分にやっちゃってくださいな(笑)。美少女の失禁シーンとかいかがですか?(ドリマガ的にNG?>担当)

 私は草レースが趣味なので、月に2~4回はサーキットへ出かけるのですが、昨年、友人のレースをサポートするために行った筑波サーキットで、なんとも珍しい人に会いました。誰あろう、ソニックチームの中裕司さんです。ロータス・エリーゼというスポーツカーのワンメイクレースに出場していたのでした。
 一言二言喋ったのですが、レース前の緊張した面持ちとぶっきらぼうな物言いは、なんだか昔の「刺々しかった」頃の中さんを彷彿とさせ、懐かしくも苦笑いしてしまったものです。

 実は私、中さんには良く思われていません。というのも、今を去ること13年前、私はセガに入社する直前にネット上で不祥事を起こしてしまい、それがために、やはりその頃ネットで「YU2」というハンドルネームで活動していた中さんに嫌われ続けているのです。
当時、たまに第二研究開発部に遊びに行くと、入口近くで黙々とプログラムを組む中さんの姿が否応無しに目に入ったものですが、開発中の面白そうな画面(後のソニックでした)を後ろから見物していたりすると必ず、気配を察した中さんに「お前なんか来るな!」「蹴っ飛ばすぞ!」と追い払われたものです。

 当時の第一研究(アーケード)開発部の雰囲気を「ビジネスごっこ」と喩えるならば、第二研究(コンシューマ)開発部は、(まあ異論はありましょうが)「学園祭前夜」。そんな雰囲気と相まって、中さんの態度がかなり子供っぽく感じられたのを覚えています。プログラム中の真剣さと、追い払う時の子供っぽさのギャップ――それこそが、私のいう刺々しさ=「尖っていた」印象の所以です。

 ところがですね…後に中さんはアメリカ開発に移ったのですが、私が出張などの折に、許可も得ずに開発室内をうろついていた時に見た中さんは、まるで別人のようでした。子供っぽさは鳴りを潜め、疲れていたんでしょうか、刺々しさにも覇気がない。なんだよお、それは俺の知ってる中さんじゃないぞお、なんて心の中では思ってましたが、本人に言うとまた叩き出されるので(笑)黙ってました。

 そして――私がAMからCSに移った頃、中さんは同じフロアで仕事をしていたのですが、まるで別人のように見えました。物事を合議制で決め、チームメンバーを立てる態は、一見、大人の振る舞い。
でも正直、丸くなった中さんは精彩を欠いている様にも見えました。傍目から見て「もっとわ我がまま儘なのが中さんじゃないの!?」と思ったほどです。

 サーキットで見た中さんは、まさに昔ながらの「尖った」中さんでした。なるほどPSOが大成功するのもむべなるかな。
私は職業柄、ひとさま他人様のゲームを見ると必ず、『必要とする才能資源』『段取り』『結果、かかるコスト』などの試算を行う癖があり、たいていのゲームは、「こうすれば作れる」という目算が立つのですが、たまに「これは作れんわ!」というゲームに出くわす事があります。「PSO」もその一つです。
こうした凄いゲームを作り上げた事と、サーキットで見た「尖った中さん」とは、ゲーム制作者の「正しい資質(ライト・スタッフ)」という意味で、何らかの相関があると思うんですが、どうでしょう。

教訓?:今回の原稿についての苦情は、ドリマガ編集部ではなく鶴見六百宛に!


 また余計に嫌われちゃったかなあ…。じゃあ、嫌われついでにもう一発(笑)。

 先日のE3で、たまたま面白い場面に出会しました。会場の片隅で、妙齢の外人の娘にサインをねだられて困っている日本人制作者を発見したのです。それまた中さん(笑)。なんでもその娘、ソニックの大ファンだとかで、着ている「ソニックTシャツ」にサインをくれとねだっているのです。
ちなみにその娘、ソニックTシャツだけでなくファイティング・バイパーズのブルゾンも着込んでおり、中さんに向かってあろう事か、「私、FVもファンなんです。カタオカさんにも会わせてください!」なんてお願いもしてました。さっきまで、もう涙ぐまんばかりの勢いで中さんにサインをねだっていたのに…。
後で件の片岡に聞いたところ、彼女は有名なセガオタクで、自分の「セガファンサイト」も持ち、そのために日本語も覚え、そのために秋には来日するんだとか。いやはや、濃ゆい娘もいたもんです。

ま、それはともかく。いつもの青年エグゼクティヴ然としたパブリックイメージとは異なり、照れつつ言い訳しつつぶっきらぼうに応対する態度もまた、昔通りの中さんでございました。いやはや、眼福、眼福。


大島さんとかマーク、飯塚、斉藤祐司あたりに読んでもらって感想を訊きたいな。もう少し突っ込んで書けば、ゲーム業界の「才能」と云う物の不可思議さを描き出せたかと思うんだけどね。ま、今回はこんなもんでしょ。

投稿者 tsurumy : 2002年07月26日 06:00

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