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2003年07月11日

嘘六百・第28回/「ある制作者の挫折と転落」(完)

セガを辞めてからの僕は、数々の温泉地を放浪したおかげで身体もすっかり癒え、「鬱」も表向きは影を潜めていた。とは云えゲーム作りに関しては、未だ精神的不能(フニャチン)のままだった――。

「ゲームを作りたい! 作りたい…けど、また失敗したらどうしよう!? 鬱になったらどうしよう!?」

――意欲はあれども、自分自身にプレッシャーをかけてしまい、かえって勃たないあの状態。だから再就職する気にはなれなかったし、ましてやセガに戻る気はさらさら起きなかった。自分が失敗した原因に気付かなければ、また二の舞になるのは明白だからだ。

そんな迷いの真っ直中、1995年のアミューズメント・マシンショーで、僕はカプコンの岡本さんと再会した。そう、セガに入ろうとしていた友人を、「カプコン来いひん?」と横から掻っ攫っていった、あの人だ(第10回参照)。

その岡本さんが雑談の最中に、今度は僕に向かってこう云った――

「シカゴでピンボール作らへん?」

当時のカプコンは、STERNという老舗ピンボールメーカーを買収して、Capcom Coin-opという会社を立ち上げたばかりだった。たぶん岡本さんは、云うことを聞きゃあしないシカゴの連中に日本の意向で製品を作らせる為、日本人の企画マンを送り込みたかっただけなのだろうし、そこに偶々ピンボール好きで日米のアーケード市場を知る経験者の僕が居たものだから、ホンの思い付きで声をかけたのだろう。

しかしその言葉は、思いもかけず僕の前立腺を直撃し、痛いぐらいに僕を奮い勃たせてくれたのだった。岡本さんの言葉は、(彼の意図とは全く関係なく)僕の耳にはこう聞こえたのだ――

「今のままの君にも居場所はあるんだよ」と。

セガ時代の僕は、自分の「ありのままの能力」を肯定した事など全く無かったのかもしれない。ライター時代に、なまじっか業界のトップクラスを見知っていただけに、自分にもそのレベルを要求し、出来ない自分を認めない――なんだかまるで、「頑張っても頑張っても親が認めてくれず、心に傷を負う息子」なんてえ安っぽいドラマを、一人二役でやっていたようなものだ。能力評価が人格否定にすり替わる罠。それが自分の「意識vs無意識」だったと云う二重の罠。自分に否定された心は救い無く壊れるしかない訳で、それこそが僕の鬱の理由だったのだ。

「僕は、僕を肯定してあげよう」

原因を心の底から認める事が出来さえすれば、克服するのは容易い事。結局シカゴに行く話はまとまらなかったけど、やる気に火が着いた僕は今度こそ、自信を持って新天地SCEへ飛び込んだのだった。何せノウハウはたっぷりある。セガ時代の数々の失敗によって得た、他の誰も持っていないような貴重な経験が。山ほど。

1996年の新春が訪れていた――。


PS:あの莫大な借金は、「クラッシュ・バンディクー」の成功報酬で綺麗さっぱり消えました。今の僕は、心身財務、全てにわたって健康です。


よかったね。


このシリーズ、了

SCEに決める前、ホントは石井さんがアトラスを紹介してくれるハズだった。そのままアトラスに行ってたら、どうなってたんだろ、俺?

でも、それを川口さんに云ったらば、「アトラスよりも、SCEが良いよ!」と、佐藤明さん(SCEJ制作のトップ)を紹介してくれたのだった。

その後、マーク・サーニーと再会し、彼のプロジェクトを通じて、NaughtydogとかInsomniac、SCEAの連中とパートナーシップを築けたんだから、いやホント、どこで何がどう転がるか分からないね。

クラッシュ・バンディクーが(一応)成功と云えるだけのセールスを上げた後、何かの場(たぶんPSアワード?)で岡本さんに会ったトキ、「ホンマ良かったな」と云ってもらえて――あのトキは嬉しかったなあ。

そういえば、高速道路で放浪していた当時、違反の累積で、免許が危機を迎えたコトもあったっけ。
中央高速で覆面パトカーに捕まっちゃって、ね(お定まりの文句「前の赤いオープンカー停まりなさい」だ)。

でも、学生時代に1度免許取消になっていた「経験者」だったので、今度は策をもって当たるコトができた。署名を集めたんだ、190人分。

その時に、署名だけでなく、「シカゴに就職する予定。アメリカでは免許が無いと生活が成り立たない」
と陳述したのも効いたんだろうなあ。そういう意味でも岡本さんには感謝している(笑)。


あの当時、長電話に付き合ってくれた江幡様・佐宗様、家に転がり込ませてくれた相様・江守様・八木様、そして堀様・北山様・佐藤様・海道様・細江様・ウメちゃん他、友人の皆様方のおかげで今も生きてます。

――とプロフィールには書いたけど、それだけじゃまだ足りない。

石井様・岡本様・川口様。皆様のおかげで幸せに生きてます。

投稿者 tsurumy : 2003年07月11日 06:00

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