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2005年02月15日

NOB芦ヶ原氏のご冥福を遅まきながら祈るのコト

なんたることか。芦ヶ原伸之氏が昨年亡くなられていたとは!

往時の世界3大パズルコレクターの一角にして、世界的パズル作家のNOB芦ヶ原氏。鶴見が、氏の事務所@飯田橋にお邪魔させていただいたのは、かれこれ20年前だったろうか。芦ヶ原氏の息子が、大学で同じサークルに所属しており、仲が良かったので、たまたま訪問するコトになったのだ。
(以下、息子の方は「T」と書く)

当時の鶴見は、高校時代に白揚社のサム・ロイド本(マーチン・ガードナー編のヤツね)こそ愛読していたものの、いわゆる「パズル」に造詣が深いワケでもなく、もちろんNOB氏の名声も知らず、Tに「面白いから来なよ」と招かれるがままにノホホンと訪れ――そして驚愕したのだ。

あんなオフィス、見たコトがない。いや、オフィスは普通なのだが、そこに置かれたパズルの量が尋常じゃない。

壁一面に置かれた、ルービックキューブのバリエーションだけでも、100コじゃきかない。もちろんそれ以外にも、パズル、パズル、パズル。そして、一見パズルとは思われない「不思議な物体」も、山のように!

座っていた鶴見のトコロにTが持ってきた、妙に意匠の凝った重めの知恵の輪を1コ解いたらば、「じゃあコレは解けるかよ?」「コレは?」――ムキになったTが、次から次へと手渡す知恵の輪たち。今から思えばそれは、後にブレイクするはなやまのキャストパズルだったのだ。

NOB氏とも、一言二言、交わしたような気がする。が、内容は記憶にはない。その独特な容貌の印象が余りにも強すぎて。

「目を閉じて…『パズルを天職にする人間』がいるとしたら、どんな人かを想像してください!」

鶴見にとっては、NOB氏の容貌は「そのもの」だった。


そしてそれが、鶴見が高校時代に思い描いていた「サム・ロイドって、こんな人なんだろうなあ」というイメージそのものでもあったコトも、今更ながら告白しておきたい。


NOB氏の遺作であろうパズルの宣教師 ニコリ「パズル病棟日誌」を、遅まきながら注文した。あらためて、氏の冥福をお祈りしたい。

【追記】

友人Tについて検索したトコロ、割と近めの某研究所に勤めているらしい。いつかひょんなトコロで会えると嬉しいんだが。

つうか本人orその周辺のどなたかが、ここを見ていたら連絡乞う(と云っても、今のペンネームじゃ解りづらかろう。高田馬場のカラヲケパブで、サザンを唄ってキミを感動させた男こそが、今のワタシ、鶴見六百だお解りか…笑)。

カテゴリー: 六百式見聞録

投稿者 tsurumy : 2005年02月15日 23:58

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