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2005年12月17日

まだ続いている「萌え」勉強のコト

たけくまメモに触発されて萌え絵の勉強を始めて以来、各方面から「鶴見はいったいどこに向かっているんだ」とか「クオ・ヴァディス・ツルミ?」とか云われまくっている鶴見だが、実はまだ2階にいるんですまだ続けていたりする。ホントに鶴見は何を目指しているんだろう。自分でも分からなくなってきちまったよ、あはは。

でも乗りかかった船なんで、まだまだ突っ走ってみる。


左の絵が前回描いたモノだが、これでは今後様々なポーズをさせる上でいかにも窮屈なので、身体を200%(2.5頭身)、300%(3頭身)と、それぞれ拡大してみた。3頭身はチト大きすぎるが、2.5頭身あれば様々なポーズをさせられそうなので、とりあえず今後はこれをベースとするコトに決定。


つうかね、一口に「萌え」と云っても、ムチャクチャ広い概念であるコトに気付かされたワケですよ。リサーチすればするほど分からなくなる。「キャラ萌え」だけなら、ヒット作に対するファンの行動として解らないでもないけれど、「属性萌え」「服装萌え」「シチュエーション萌え」「小道具萌え」「仕草萌え」「場所萌え」「髪型萌え」とか来た日にゃ、そこまで物語を因数分解してパーツ化するコトに、何の意味があるのかと。

――あ、再生産の効率が上がるのか(今気付いた)。おまけにインターネットでの流通もラクチンだ。

パーツ(あるいは「記号」「ネタ」)をネットに投入すれば、同好の士はすぐ見つかるし、AAやコピペの台詞替えで、いくらでも萌えの創造は発展する。こう考えると、なるほど確かに意味はある。インターネットの普及と「萌え」概念の一般化が歩を一にしているコトも、この考えを補強してくれそうだ。

  • 「物語素」「キャラクター素」のパーツ化と、その流通

この辺り、夏目房之介氏が(さすがに)上手いコト書いている

図像・記号の断片を、たんに組み合わせることで生まれる感触なんだけど、何ていうかどっかで「生々しさ」(エロス的な感触)にジャンプする瞬間があるような・・・・。それって、あきらかに「そこにいない誰かを相手に仮想した、つながりの感覚」でもあったりする

組み合わせているだけで、(仮想的に)他者に認められているような、同好の士の中で自己発現が出来るような、そんな想い。これは「萌え」そのものではないだろうけど、「萌えムーブメント」がインターネットに乗って盛り上がった主因の一つではありそうだ。

閑話休題。

さらに、リサーチを通じて気付いたコトがある。「萌え」という現象は、昔、「2次コン(2次元コンプレックス)」と呼ばれていたモノと非常によく似ている。生身でないモノに対する愛情とか劣情とか、そういった複雑な気持ち(complex)…「2次コン」という言葉は、当時ネガティヴな意味で(「劣等感(inferiority complex)」と等価に)使われていたが、それが時代を経て一般化…つうか拡散したモノこそが「萌え」なのではないか(例えば、フィギュアとかメイド喫茶とかは端的に「2次元」じゃないワケだし)。

これは、社会心理学的な側面からも説明出来そうな気がする。「萌え」の主体たる方々がマーケットでボリュームを持ち始め、社会的な経済活動に組み込まれていく過程で、「合理的機制」によって社会との軋轢を減らすべく内容を変質させる方向(萌え派・穏健派)と、「合理化機制」によって自己を正当化する方向(エロゲ派・先鋭派)とに分化していった、という具合だろうか。あるいは同好の士が居れば「赤信号みんなで渡れば怖くない」的な安心感も生まれよう。

かくしてinferiority complexは単なるcomplexとなり、共感する(あるいはカミングアウトする)人間も増え、一般層をも巻き込む程に成長したと。もちろん、一般化していく上で、「萌え」という言葉の柔らかな語感が有効に働いたコトは云うまでもない。どこから生まれたかは知らないが、非常に秀逸なネーミングだ。


さて、頭身も決めたので、早速ポーズを変えてみた(膝の接続とか脚の付け根とかの、デッサン関係のツッコミは禁止だ)。ここにミニスカとニーソックスを穿かせて、見えそうで見えないショーツと絶対領域をアピールしようかと思ったのだが…服を着せる前にリサーチしてみたトコロ、なんと胸がデカすぎるとの意見が出てしまったのであった。

工工エエェェ(´д`)ェェエエ工工

巨乳と縁のない鶴見が、自らを叱咤激励しつつ不惜身命な想いでそれっぽく描いたのにー!


いや実は、鶴見はリサーチの最中に「萌え」と「エロ」の切り分けが個人的に理解出来なかったのですよ。どこまでが萌えで、どこからがエロなのか。一般的に「萌え」とされている絵にも、パンチラなんかが当たり前のように入ってたりするワケだし。でも、「2次コンが一般化したモノ」だとするならば、鶴見的にも実感としてよく理解出来る。創作物に対する(決して満たされるコトのない)愛情という意味では、「萌え」も「エロ」も根は一緒。一種のファンタジー。もっと云えば、アイドル(偶像)を好む心の動きも似たものだ。ならばこそのコスプレアイドルであり、声優アイドルであり、メイド喫茶…なのだと思う。

  • 自分の劣情的ファンタジーを投影できる対象

んでもって、処女性を重んじるなんてのは、いかにも現代的なファンタジーだ。少女漫画的画風がメジャーなのも、その一端だろう。もちろん、安野モヨコとか矢沢あい的な非処女的少女漫画ではなく、もっと低年齢向けの画風。その上、ボクだけのアイドルであり、ツンツンしてるのに二人きりだとデレデレ。ああそういえばツンデレってのも、男の理想として昔から謂う「昼は淑女で夜娼婦」じゃあないか。見事なオブラートっぷりだ。そういえば、最近は「着エロ」なんてのも流行ってるんだっけか。

  • 「萌え」は、オブラートに包んだ「エロ」


さて、胸も小さくし、仮にシチュエーションを想起させるような台詞も付けてみた。

とりあえず、ひと通りの要素は入れてみた格好だ(実際には萌えられないと思うけど)。ここから先は、表現としての完成度の話になるだろうかね。太もものチラリズムを表現するんなら、こうした俯瞰ではなく、もっと接写カメラの方が良さげだし、羞じらいを表現するんなら、手で隠そうとしている演技とか、あるいは何か服を急いで着ようとしている(でも乱れている)演技が必要だと思う。


というワケで、ここまで実際に手を動かして「萌え」を探るアプローチを採ってきた鶴見だが、ここで書いた内容って、あくまで「萌えの一形態」にしか過ぎないワケなので、このまま絵を改良し続けて所謂「萌える」絵にたどり着けたとしても、その先には荒涼たる茫漠な大空間が広がっていそうな気がする。なので、今回はこの辺りでオシマイにしておこう。あー疲れた、オヤツたーべよっと。


【おまけ】
腐女子方面の方の為にこんなのも描いてみた

上の論でいくと、女子と萌えってのはどうにも繋がらないような気はするんだけれど…これもいつか考えるべきなんだろうか。ああ、不惑を迎えたってのに、世の中まだまだ知らないコトだらけだよ。

カテゴリー: 新・嘘六百

投稿者 tsurumy : 2005年12月17日 06:11

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コメント

やはり、理屈や構造で理解するよりも、一度モエシャンにいって頭をモシャモシャとシャンプーされてくるといいかもしれないです (笑)

…それはギャグですが、「萌え」って人それぞれだし、ある種の記号でフラグが立つ感じな気がしますがどうでしょうね?


投稿者 みやび : 2005年12月17日 10:58

おたおめ記念カキコ。

投稿者 はせがわ : 2005年12月17日 12:54

↑あ、ホンマ今日やん。初○おめでとさん。

投稿者 たらばー : 2005年12月17日 13:55

なぜチミらは隣のエントリーにコメントしないで、こっちに来るかね?

投稿者 tsurumy : 2005年12月18日 01:51