2003年05月09日

嘘六百・第25回/「ある制作者の挫折と転落」(2)

もしもタイムマシンがあったなら1994年の春に戻りたい。
そして壊れてしまった自分にこう云ってあげたい――
「頑張り過ぎなくても、いいんだよ」と。

当時の僕は、突発的に訪れる重度の鬱に悩んでいた。昔も今も、ハイテンション躁状態で陽気な「ラテン星人」として知られている僕だけど、躁と鬱とはコインの裏表、躁が激しければ激しい程、その反動の闇も深い。

前代未聞の暗中模索プロジェクト・スターウォーズによって癒され得ない疲労を溜め込んでいた上に、AM3研の企画課長に指名され、余計な仕事を山のように抱え込まされてしまった僕の精神は、その頃にはもう、些細なきっかけで鬱に落ち込む程までに追いつめられていたんだ。例えばこんな具合に――。

ある時僕は、夜を徹して捻り出したマップを、同期のデザイナーのAという男に説明しつつ渡した。彼は云った「おお、やっとくわ」。そして数日後、完成したかどうか訊ねると、Aは手元で作っていたサンライズちっくなロボットの3Dデータをこそこそ隠しながら、関西弁のイントネーションで、こうのたまった。

「何? 聞いてへんよ」

(心の声)バカ野郎ふざけんじゃねえ! じゃあお前の机に埋もれているその仕様書は一体なんなんだ? だいたいスターウォーズにロボットは出てこねえだろっ! そんな趣味のデータ作ってる暇があったら、仕事しろっ!

――僕は、そんな怒りはぐぐっと飲み込み、再び懇切丁寧に仕様書の説明をした。

ところがだ! そんな気持ちを裏切るように、Aが数日後に上げてきたデータといったらもう噴飯物で、スターウォーズユニバースにそぐわない装飾は満載だわ、ポリゴン数はオーバーするわ、そもそも、その場所に含まれていたはずのゲーム性すら消えている!

一体どういうつもりなのか問い詰めた僕に、奴は開き直って、こう云い放ちやがった。

「オモロないから、勝手に変えといたわ」

ぶちっ。

その時、確かに聞いた。「切れる」としか云いようのない音を。とてもリアルに。

――実は、それからの経緯はあまり覚えていない。後で聞いた話だと、激しい口論の挙げ句に帰宅したんだとか。そして僕が覚えているのは、朝まで眠れず、悔しさのあまりにベッドでのたうち回って底板をぶち破ってしまった事と(後に彼女と寝ていたらいきなりベッドの底が抜けて驚いたものだ)、放心から我に返った時に、極度の倦怠感で何もする気が起きなかった事だけ。

立ち眩みで、目の焦点が合わない。会社に向かおうとしても足が動かない。

そう、これが「鬱」だ。


僕は、鬱になる度に会社を休むようになり、その頻度は日に日に増していった。本来なら、休養をとって「鬱病」として精神神経科に通い、適当な薬を処方してもらえば良かったのだろう。しかし僕は、倦怠感と交互に現れる「ゲームを作らなければ!」という使命感も無視できず、最悪の選択をしてしまった。

薬ではなくクスリにすがったのだ。

次号、いよいよヤバい領域に!

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tsurumy at 06:00 | リンク | トラックバック (0)